出願から29日で登録された特許があります。一方で、同じHRテックの分野に4年5か月かけて、一度は拒絶されながら取り切った特許もあります。
建設テックの特許を弁理士が解説|あえて画質を下げる遠隔操作、地形の差から工期を読む施工計画
建設機械を遠隔操作するとき、オペレーターに送る映像はきれいなほどよい——そう思いますよね。ところが、ある大手建機メーカーの特許は逆のことをしています。機械が旋回するときは、あえて画質を下げる。
本記事では、建設現場のデジタル化に関わる実在の登録特許5件を、特許庁のJ-PlatPatで請求項の原文まで確認して弁理士が解説します。遠隔操作、施工管理の写真管理、施工計画、インフラ点検、維持管理——分野はばらばらですが、読み比べると建設テックの特許に共通する「型」がはっきり見えてきます。
目次
- 結論|建設テックの特許は「比べること」と「引き算」でできている
- ①旋回するときは、あえて画質を下げる|建設機械の遠隔操作(日立建機・特許6581844)
- ②黒板は「撮る前に」全部作っておく|施工管理の写真管理(スパイダープラス・特許7507987)
- ③今の地形と設計図の差から、重機の稼働率まで読む|施工シミュレーション(小松製作所・特許6979015)
- ④「平らなはずの面」を計算で作る|点群によるインフラ点検(首都高技術・特許6590653)
- ⑤傷の「進み方」を比べて直す順番を決める|維持管理(富士フイルム・特許6472894)
- 建設テック特許に共通する3つの型|5件の請求項を比べて分かること
- 建設業の知財は特許だけではない|工法・意匠・商標の棲み分け
- 建設・建設テック事業者への実務示唆
- よくある質問(FAQ)
結論|建設テックの特許は「比べること」と「引き算」でできている
● 残る2件は「引き算」と「前倒し」:①は画質をあえて落とす、②は黒板を撮る前に作っておく。機能を足すのではなく、減らす・順番を変えることで現場の詰まりを解いています。
● 権利者の顔ぶれが多彩:建機メーカー、上場SaaS、インフラ管理会社、そして写真フィルムメーカー。
● 手続の見どころ:1件は拒絶査定不服審判を経て登録、1件はB1(公開前登録)+早期審査、そして5件中3件がPCT国際出願から国内へ入っています。
| 特許 | 特許権者 | 権利になっている工夫 | 登録 |
|---|---|---|---|
| 特許6581844(B2) | 日立建機 | 旋回指示のときだけ映像の解像度を下げ、帯域を確保する | 2019-09-06 |
| 特許7507987(B1) | スパイダープラス | 電子小黒板を全パターン先に作り、図面上にアイコンで置く | 2024-06-20 |
| 特許6979015(B2) | 小松製作所 | 現況地形と設計地形の差から施工量を出し、稼働率まで算出 | 2021-11-16 |
| 特許6590653(B2) | 首都高技術 | 点群に回帰平面を当て、法線方向のズレを損傷として抽出 | 2019-09-27 |
| 特許6472894(B2) | 富士フイルム | 過去複数時点の点検結果を経時比較し、直す順番を決める | 2019-02-01 |
①旋回するときは、あえて画質を下げる|建設機械の遠隔操作(日立建機・特許6581844)
| 特許番号 | 特許第6581844号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | 建設機械の遠隔操作システム |
| 特許権者 | 日立建機株式会社 |
| 出願/審査請求/登録 | 2015年8月25日 / 2018年3月1日 / 2019年9月6日 |
| 請求項数 | 4項(全15頁)/発明者6名 |
建設機械の遠隔操作では、機械に付けたカメラの映像を無線でオペレーターに送ります。ここで技術者を悩ませてきたのが、映像は圧縮して送るという事実です。動画圧縮は「前のコマとの差分だけを送る」ことでデータ量を減らしています。画面がほとんど動かなければ差分は小さく、軽く送れる。
ところが機械が旋回すると、画面全体が一斉に流れます。差分は画面いっぱいに発生し、データ量が跳ね上がる。無線が詰まり、映像が固まったり遅れたりする——いちばん慎重に見たい瞬間に、いちばん映像が乱れるわけです。
特許第6581844号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・抜粋)
(前略)前記制御信号に基づいて、前記無線により送信される映像データの送信条件を制御する、通信制御部を有し、(中略)前記映像圧縮装置は映像フレーム間の差分データを送信することにより映像データを圧縮する機能を有し、
前記制御信号が旋回指示であるとき、前記通信制御部は、前記制御信号が旋回以外の指示であるときよりも前記カメラで撮影した映像の解像度を下げるよう前記映像圧縮装置に指令を行い、(中略)前記制御信号が旋回指示であるとき、前記無線基地局に対して、(中略)データ量の大きいデータ伝送帯域を確保するようQoS設定を変更することを特徴とする建設機械。
読みどころ|映像を見て判断するのではなく、レバーの操作から「先読み」する
この請求項の巧みさは、映像が乱れてから対処するのではない点にあります。判断材料にしているのは映像ではなく、オペレーターが送った制御信号そのもの。「旋回しろ」という指示が来た=これから画面全体が動く、と分かるので、実際に画面が動き出す前に解像度を落としておく。
そして解像度を下げるだけではありません。同時に無線基地局へQoS設定の変更——QoS(Quality of Service)とは、通信の優先度を制御して特定の通信に帯域を割り当てる仕組みのことです——を要求し、「今から帯域を多めに確保してくれ」と伝えます。減らす(解像度)と増やす(帯域)を同時にやるという二段構えです。
従属請求項も現場的です。請求項2は走行(下部走行体の移動)のときも同様に下げること。請求項3は解像度を下げるときに「フレームレートを上げることがないよう」指令すること——せっかく解像度を落としても、コマ数を増やしては元の木阿弥だからです。請求項4は複数カメラの優先度を制御信号に応じて決めること。旋回中に本当に見たいカメラはどれか、という話です。
示唆:遠隔操作というと、機械の制御精度やカメラの性能に目が行きます。しかしこの特許が押さえたのは通信という制約でした。自社製品の性能を決めているのが、実は周辺の制約条件だった——そこに気づいたとき、発明が生まれます。
②黒板は「撮る前に」全部作っておく|施工管理の写真管理(スパイダープラス・特許7507987)
| 特許番号 | 特許第7507987号(公報種別 B1) |
| 発明の名称 | 合成画像生成システム、合成画像生成方法及びプログラム |
| 特許権者 | スパイダープラス株式会社 |
| 出願/審査請求/登録 | 2022年12月29日(PCT/JP2022/048708) / 2023年11月22日 / 2024年6月20日 |
| 早期審査/請求項数 | あり / 7項(全23頁)/発明者:小林 誠治 |
施工管理の業務のなかでも、地味に手間が大きいのが工事写真の管理です。工事写真には、工事場所や工種を書いた黒板を一緒に写します。これをデジタル化したのが電子小黒板です。ただ、現場で写真を撮るたびに黒板の内容を打ち直すのでは、手書きの黒板と手間が変わりません。
特許第7507987号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・抜粋)
建設現場で撮影された画像に、電子小黒板を合成する合成画像生成システムであって、(中略)取得した前記項目の内、工事場所、工事対象物、工種工程、進捗ステータスの何れかの内容が異なるパターンに対応する全パターンの前記電子小黒板を作成する第1作成部と、作成した前記全パターンの電子小黒板の中から、ユーザが所望する第1電子小黒板の選択を受け付ける第1選択部と、(中略)工事場所、工事対象物、工種工程の何れかに対応するアイコンを作成する第2作成部と、(中略)予め取得した前記建設現場の図面データに、前記第2電子小黒板を格納した前記アイコンを配置する配置部と、を備える合成画像生成システム。
読みどころ|施工管理システムの特許は「どの工程を前倒しするか」で立つ
請求項1の核は「全パターンの電子小黒板を作成する」という一文です。撮影のたびに作るのではなく、工事場所・対象物・工種工程・進捗ステータスの組み合わせを、あらかじめ全部作っておく。現場でやることは「選ぶ」だけになります。
請求項1の後半も見逃せません。同じ黒板をアイコンに格納して、図面データの上に配置する——図面を開けば「この壁のこの位置の写真」がどこにあるか一目で分かる。写真を撮る作業と、後で写真を探す作業を、同じ黒板データでつないでいるわけです。
手続面では、PCT国際出願からの国内審査で早期審査を利用し、公開公報が出る前に登録(B1)されています。
③今の地形と設計図の差から、重機の稼働率まで読む|施工シミュレーション(小松製作所・特許6979015)
ここまでの2件は「減らす」「前倒しする」という引き算の発明でした。ここから3件は、2つのデータを比べるという共通の型に入ります。
| 特許番号 | 特許第6979015号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | 作業機械を用いて施工する施工現場のシミュレーションシステム及びシミュレーション方法 |
| 特許権者 | 株式会社小松製作所 |
| 優先日/国際出願/登録 | 2016年3月30日 / PCT/JP2017/013482(WO2017/170968) / 2021年11月16日 |
| 請求項数 | 8項(全20頁) |
工事の見積りと工程計画は、長らく熟練者の経験に支えられてきました。「この土量なら、この機械を何台、何日」——その勘所をデータで置き換えようとしたのがこの特許です。
特許第6979015号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・全文)
作業機械を用いて施工する施工現場のシミュレーションシステムであって、前記施工現場の現況地形を示す現況地形データを取得する現況地形データ取得部と、前記施工現場の設計地形を示す設計地形データを取得する設計地形データ取得部と、前記施工現場の施工に関係する資源の仕様を示す原単位データを取得する原単位データ取得部と、前記現況地形と前記設計地形とに基づいて、前記施工現場の施工量を示す施工量データを算出する施工量データ算出部と、前記施工の手順を示す施工条件データを設定する施工条件設定部と、前記原単位データと前記施工条件データと前記施工量データとに基づいて、施工の進行に従って変化する前記施工現場の地形及び前記作業機械の稼働状況の一方又は両方を算出するシミュレーション部と、を備える、作業機械を用いて施工する施工現場のシミュレーションシステム。
読みどころ|「今」と「完成形」の差が、そのまま仕事量になる
出発点は単純明快です。現況地形(今の地面)と設計地形(完成後の地面)の差=掘る土・盛る土の量。ここに原単位データ——重機一台がどれだけ動けるかといった資源の仕様——と施工条件を掛け合わせて、工事が進むにつれて地形がどう変わっていくか、機械がどれだけ動いているかをシミュレートします。
請求項2は出力を作業機械の稼働率に絞ったもの。そして請求項6が秀逸です。シミュレーションで出た稼働率を見て、「稼働率が閾値以上になるように、施工条件データを設定する」——計算して終わりではなく、結果を使って計画そのものを組み直すところまでが権利範囲に入っています。
請求項3では施工条件や原単位を変えて複数回シミュレーションを回すことが、請求項4では施工条件データに土質や作業機械の走行経路が含まれることが規定されます。土が硬いか柔らかいか、重機がどの道を通るか——現場を知る人でなければ出てこない変数です。
示唆:測量→施工計画→施工→検査という流れをデジタルでつなぐ取り組みは、国土交通省がi-Constructionとして進めてきました。この特許は、その流れのうち「施工計画」という最も属人的だった工程を、データの引き算から組み立て直した一件と読めます。
④「平らなはずの面」を計算で作る|点群によるインフラ点検(首都高技術・特許6590653)
| 特許番号 | 特許第6590653号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | 点群データ利用システム |
| 特許権者 | 首都高技術株式会社 |
| 優先日/出願/登録 | 2014年11月19日 / 2015年11月18日 / 2019年9月27日 |
| 審査経過/請求項数 | 早期審査/拒絶査定不服審判(不服2018-8744)を経て登録 / 5項(全31頁) |
レーザースキャナで構造物を測ると、無数の点の座標データ——点群——が得られます。しかし点群を眺めても、どこが傷んでいるかは分かりません。そもそも「正常な状態」のデータが手元にないからです。何十年も前に造られた構造物の、竣工時の三次元データなどありません。
特許第6590653号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・抜粋)
空間座標情報を有する点群データを道路(狭義の道路の他、鉄道を含む)の管理事業における点検対象物(中略)の損傷の検出業務に利用する点群データ利用システムであって、(中略)前記データ生成装置は、情報の入力を行う操作部を有し、前記取得された点群データにおける複数の座標点から、前記操作部により指定された所定数の座標点に対して最小二乗法により求めた回帰平面を仮想基準平面として生成し、該生成した仮想基準平面から法線方向に所定距離以上の座標点を抽出し、該抽出した座標点の箇所について特徴的な表示を行うことを特徴とする点群データ利用システム。
読みどころ|比べる相手がないなら、計算で作ってしまえばいい
この請求項の答えは鮮やかです。点検員が「このあたりは本来平らなはず」という範囲を指定する。すると、その範囲の点群に最小二乗法で平面を当てはめ、「仮想基準平面」を作る。あとは、その平面から法線方向(面に垂直な向き)に一定以上離れた点を拾えば、それが凹凸=損傷の候補になります。
つまり「正常な状態」を過去のデータから持ってくるのではなく、今測ったデータ自身から計算で作り出している。比較対象がないという前提そのものをひっくり返しています。
請求項2は、範囲の指定方法を「表示領域上に描画された線上」の点にした変形。画面上でなぞるだけで基準平面ができる、という操作性の話です。請求項3では点群の取得手段が測定車両に具体化されます。走りながら測る、という道路管理ならではの前提です。
手続の見どころ:この特許は早期審査を利用しながら、書誌に審判番号(不服2018-8744)が記載されています。つまり一度は拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判を経て登録に至りました。急いで審査を受けたうえで拒絶され、それでも諦めずに取り切った案件です。
⑤傷の「進み方」を比べて直す順番を決める|維持管理(富士フイルム・特許6472894)
| 特許番号 | 特許第6472894号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | メンテナンス計画立案支援システム、方法およびプログラム |
| 特許権者 | 富士フイルム株式会社 |
| 優先日/国際出願/登録 | 2015年9月25日 / PCT/JP2016/059666(WO2017/051554) / 2019年2月1日 |
| 請求項数 | 13項(全15頁) |
なぜ写真フィルムの会社がインフラ点検の特許を持っているのか——不思議に思われるかもしれません。しかし、ひび割れを見つける作業の正体は「画像から微細な線を検出すること」です。フィルムの粒子やレンズの収差と向き合ってきた画像技術は、そのままコンクリートのひび割れ検出に移せます。自社の中核技術を、まったく別の産業の課題に当てはめた典型例です。
そのうえでこの特許が狙ったのは、傷を見つけることではありません。限られた予算と人手で、どこから直すかを決めることでした。
特許第6472894号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・全文)
構造物のメンテナンス計画の立案を支援するためのメンテナンス計画立案支援システムであって、前記構造物の点検対象箇所の撮影画像の画像解析を行って、前記点検対象箇所の損傷部を検出する撮影画像解析手段と、前記点検対象箇所の位置情報および前記損傷部に関する情報をそれぞれ含む過去の複数時点における点検結果データの入力を受け付ける点検結果入力手段と、前記複数時点における点検結果データを経時比較し、前記経時比較の結果に基づいてメンテナンス計画を作成する作成手段と、前記作成手段によって作成されたメンテナンス計画を出力する出力手段と、を備えるメンテナンス計画立案支援システム。
読みどころ|「今どれだけ傷んでいるか」ではなく「どれだけ速く進んでいるか」
請求項1の核は「過去の複数時点における点検結果データを経時比較」です。一度の点検では「今の状態」しか分かりません。しかし何度かの点検結果を並べれば、その傷がどれだけの速さで広がっているかが見えてきます。
従属請求項がこの考えを押し進めます。請求項2は過去一定期間の経時変化の大きさと直近の点検結果から、損傷の進行を予測すること。そして請求項3——「損傷の進行が速いと予測された箇所ほどメンテナンスの優先度を上げる」。傷の大きさではなく進行速度で順番を決める、という判断基準そのものが権利になっています。
さらに請求項4では損傷の進行の方向と速度を推定して優先点検箇所との関係で計画を作り、請求項5では優先点検箇所を構造上の重要性・設計情報・置かれた環境から特定します。「重要な柱に向かってひび割れが伸びている」といった状況を捉えるための構成です。
建設テック特許に共通する3つの型|5件の請求項を比べて分かること
型① 「何と何を比べるか」を決めることが発明になる
③④⑤の3件は、比較の設計をそのまま請求項にしています。並べると、比べる相手の作り方がそれぞれ違うことが分かります。
| 特許 | 何と何を比べるか | そこから得られるもの |
|---|---|---|
| 小松製作所 | 今の地形と設計地形 =すでにある2つの図面 | 施工量 → 機械の稼働率 → 計画の再設定 |
| 首都高技術 | 実測の点群と仮想基準平面 =比べる相手を計算で作る | 面の凹凸=損傷の候補 |
| 富士フイルム | 過去の点検結果と今の点検結果 =時間をかけて相手を貯める | 損傷の進行速度 → 直す順番 |
とりわけ首都高技術の例が示唆的です。比べる相手が存在しないなら、今あるデータから計算で作ってしまう。「正常な状態のデータがないから比較できない」という制約を、前提ごと組み替えています。自社のデータ活用が行き詰まっているとき、「本当に比較対象が必要か、作れないか」を問い直す価値があります。
型② 足すのではなく、減らす・前倒しする
日立建機は解像度を下げ、スパイダープラスは作る作業を撮影前に移しました。どちらも機能を追加していません。減らす・順番を入れ替えるという「引き算」が発明として成立していることは、開発現場にとって重要な示唆です。
「特許になるような大したことはしていない」と感じる改善ほど、実はこの型に当てはまります。やめたこと、順番を変えたこと、あえて性能を落としたこと——それが現場の課題を解いているなら、発明の候補です。
型③ 権利化の速さは、事業の都合で選ばれている
| 特許権者 | 経過 | 出願〜登録 |
|---|---|---|
| スパイダープラス | PCT国際出願+早期審査(B1・公開前登録) | 約1年6か月 |
| 富士フイルム | PCT国際出願→国内審査 | 約2年10か月(国際出願日から) |
| 首都高技術 | 早期審査+拒絶査定不服審判を経て登録 | 約3年10か月 |
| 日立建機 | 出願の約2年6か月後に審査請求 | 約4年 |
| 小松製作所 | PCT国際出願+審査請求は国内移行後 | 約4年8か月(国際出願日から) |
この差は、事業の都合で説明がつきます。スパイダープラスは製品機能そのものが競争の対象で、他社が同じ設計を採るまでの時間が短い。だから早期審査で先に権利を立てる意味が大きい。一方、日立建機の遠隔操作は、機械本体・通信インフラ・運用体制がそろって初めて事業になります。市場の立ち上がりを見てから審査請求しても遅くない、という判断があり得ます。技術の陳腐化が速いほど急ぎ、事業化に時間がかかるほど待つ——自社がどちらに近いかで、審査請求のタイミングは変わります。
もう一つの特徴がPCT国際出願の多さです。PCT(特許協力条約)とは、1つの出願で多数の国に同時に出願したのと同じ効果を得られる制度で、どの国に権利を取るかの判断を最大2年半ほど先送りできます。5件中3件がこの制度を使っており、建設テックが最初から海外市場を視野に入れていることが出願の形に表れています。
建設業の知財は特許だけではない|工法・意匠・商標の棲み分け
建設業では「守りたいもの」と「使うべき制度」がずれていることが少なくありません。整理しておきます。
| 守りたいもの | 主な制度 |
|---|---|
| 施工の仕組み・システム・機械 (本記事の5件) | 特許。物品の形状・構造に特徴があるものは実用新案も選択肢です |
| 独自の施工手順(◯◯工法) | 特許(方法の発明)。下の「工法を特許にするときの勘所」を参照 |
| 建築物・内装・什器のデザイン | 意匠。2020年施行の改正で建築物や内装も意匠登録の対象になりました → 建築・内装デザイナー向け 意匠登録の基礎知識 |
| 社名・屋号・工法のブランド名 | 商標。工法名は技術(特許)とブランド(商標)の両輪で守るのが定石です → 建築業の商標登録の基礎知識とリスク対策 |
| 配合・施工ノウハウ・積算単価 | 公開したくないものは営業秘密として管理する道も。特許は公開と引き換えの独占です |
工法を特許にするときの勘所
建設業では「◯◯工法」として技術を売り出すことが多く、工法そのものも特許になります。特許法は「物の発明」だけでなく「方法の発明」も対象としているためです。ただし、実務上は次の3点に注意してください。
第一に、方法の特許は侵害の立証が難しいという性質があります。他社の現場でどんな手順が踏まれているかは、外から見えません。可能であれば、その工法に使う装置・治具・材料も同時に権利化しておくと、目に見える物を手がかりに権利を主張しやすくなります。
第二に、工法名は商標で押さえること。技術(特許)は20年で切れますが、ブランド(商標)は更新すれば持ち続けられます。技術とブランドは別の制度で守る——ここを混同しないでください。
第三に、発注者やメーカーとの共同開発では、権利の帰属を先に決めておくこと。共有の特許は、原則として他の共有者の同意がなければ持分の譲渡やライセンスができません。開発が始まってからでは決めにくいので、契約段階での取り決めをおすすめします。
建設・建設テック事業者への実務示唆
① 「やめたこと」「順番を変えたこと」を書き出す
型②で見たとおり、引き算や前倒しが発明になります。「この処理はやめた」「この作業を前工程に移した」「ここはあえて精度を落とした」——現場改善の記録の中に、出願候補が埋まっています。機能追加ばかりを発明だと思い込むと、この種の工夫を取りこぼします。
② データ活用は「比較の設計」を言語化する
「点群データをAIで解析します」だけでは、発明として何を押さえたいのかが定まりません。何と何を、どの尺度で比べ、どの閾値で判断するのか——首都高技術の「仮想基準平面から法線方向に所定距離以上」のように、比較の設計を具体的な言葉にできたとき、はじめて請求項が書けます。
③ 現場実証・発表会・展示会の前に相談する
建設テックは実証実験の公開やプレスリリースの機会が多い分野です。公開した時点で、原則としてその内容は新規性を失います(救済制度はありますが期間制限があり、国によっては認められません)。外部に見せる予定が立った時点が、相談のタイミングです。海外展開を考えるなら、PCT国際出願の検討もこの段階から必要になります。
④ 一度の拒絶で諦めない
首都高技術の特許は、一度は拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判を経て登録に至りました。建設テックのソフトウェア特許は進歩性の攻防が厳しい領域ですが、補正・意見書・審判という手が残っています。拒絶理由通知は不合格通知ではなく、審査官との対話の開始点です。
なお同社は早期審査を使ったうえで拒絶査定を受けています。早期審査は結論が早く出る制度であって、通りやすくなる制度ではありません。制度そのものの要件とリスクは早期審査の活用|要件とリスクを徹底解剖で解説しています。
⑤ 施工管理システムを内製するなら、他社特許との関係も確認する
施工管理システムを自社開発する場合や、複数ツールを組み合わせて独自フローを作る場合は、他社特許との関係の確認が要ります。似た機能があるだけでは侵害になりませんが、請求項の要件を一つずつ突き合わせる作業は専門家の領域です。進め方はFTO調査とは?特許侵害を予防する進め方と実施時期にまとめています。
「現場の工夫が特許になるのか」というご相談について
本記事の5件を見ると、権利になっているのは大掛かりな新技術ではなく、比べ方を決めたこと、あえて減らしたこと、順番を入れ替えたことでした。「うちがやっているのは当たり前の工夫だから」と諦める前に、一度ご相談ください。エボリクス(evorix.jp)では、建設・インフラ分野のシステム・工法の特許出願、工法名の商標、建築物・内装の意匠まで一貫して承っております。中小企業・個人事業主向けの減免制度の活用もふまえてご提案します。まずはお問い合わせフォームより、ご相談の流れとあわせてお気軽にどうぞ。
よくある質問(FAQ)
Q. 工法そのものは特許になりますか?
A. なります。特許法は「物の発明」だけでなく「方法の発明」も対象としており、施工手順に新しさ・進歩性があれば工法として権利化できます。ただし方法の特許は他社の現場での実施が外から見えにくく、侵害の立証が難しいという性質があります。可能であれば、その工法に使う装置・治具・材料もあわせて権利化し、工法名は商標で押さえる——という組み合わせが実務上の定石です。
Q. 市販の施工管理アプリを使うだけでも、特許侵害になりますか?
A. 正規に提供されているサービスをそのまま使う場合、提供元が権利関係を整理しているのが一般的です。ただし、利用の仕方によっては利用者側が実施主体と評価される場合もあります。とくに注意が必要なのは、自社でシステムを内製する場合や、複数のツールを組み合わせて独自の業務フローを構築する場合です。本記事の特許は「システム」や「建設機械」そのものとして権利が立てられており、製品を導入したかどうかとは別に検討が必要になります。
Q. 似た仕組みを自社で開発すると、侵害になりますか?
A. 似ているだけでは侵害になりません。特許権の効力は、請求項に書かれた構成要件をすべて満たす実施にのみ及びます。たとえば特許第6590653号は「指定された座標点に最小二乗法で回帰平面を求めて仮想基準平面とする」「その平面から法線方向に所定距離以上の点を抽出する」といった要件を含んでおり、これらの要件を欠く仕組みは、原則としてこの請求項の文言を充足しないことになります。1つでも欠ければ、その請求項の文言上の侵害には当たりません(ただし、例外的に均等侵害が問題となる場合はあります)。個別の判断は弁理士にご相談ください。
Q. 現場で実証実験を公開してしまいました。もう特許は取れませんか?
A. 公開した時点で原則として新規性を失いますが、一定の要件を満たせば新規性喪失の例外規定(特許法30条2項)により救済される可能性があります。公開から一定期間内(現行法では1年以内)に出願し、所定の手続をとる必要があり、国によっては認められません。手続の詳細はこちら。気づいた時点で早急にご相談ください。
Q. 発注者やメーカーとの共同開発で生まれた技術は、誰のものになりますか?
A. 発明者が複数社にまたがる場合、特許を受ける権利は共有になるのが原則です。共有の特許には制約があり、持分の譲渡やライセンスには他の共有者の同意が必要です(自ら実施することは原則として同意なくできます)。「誰が発明者か」「権利をどちらの名義にするか」「相手方に実施を許すか」は、開発が始まる前の契約段階で決めておくのが実務上の鉄則です。
Q. 「B1」の特許とは何ですか?
A. 公開公報が発行される前に登録された特許を指します。日本の出願は原則1年6か月後に公開されますが、審査がそれより速く進むとこの形になります。登録後の権利としての効力は通常の特許(B2)と同じです。本記事ではスパイダープラスの特許第7507987号が該当します。公開公報の監視だけでは察知できないため、競合の動向を追うなら登録公報まで確認する必要があります。
Q. 中小の建設会社でも、特許を取る意味はありますか?
A. あります。特許法は出願人の規模を問いませんし、中小企業・個人事業主には審査請求料や特許料の減免制度もあります。建設業では、独自工法を特許で押さえることが元請への提案力や差別化につながる例もあります。分かれ目は規模ではなく、解決した課題と手段を具体的に説明できるかどうかです。
まとめ
建設テックの特許を5件、請求項の原文まで読みました。権利になっていたのは、最新のAIでも高性能なセンサーでもなく、「何と何を比べるか」を決めたことと、「あえて減らす・順番を変える」という引き算でした。
今の地形と設計図を比べれば工事量が出る。実測した点群から「本来平らなはずの面」を計算で作れば、比較対象がなくても凹凸が分かる。過去と今の点検結果を比べれば、傷の進む速さで直す順番を決められる。そして、旋回する瞬間だけ画質を落とせば、いちばん見たいときに映像が乱れない——どれも、その現場で困ったことがある人でなければ出てこない発想です。
建設・インフラの事業に取り組む方は、攻め(現場の工夫の権利化)・守り(導入システムのクリアランス)・使い分け(特許・意匠・商標・営業秘密)の3つを、開発と施工の計画に組み込んでいただければと思います。
知的財産事務所エボリクスへのご相談
「この施工の工夫は権利にできるか」「実証実験の公開前に確認したい」「発注者との共同開発の権利帰属を整理したい」「海外展開を見据えてPCT出願を検討したい」——建設・インフラ分野のご相談に、事業のスケジュールを踏まえて対応いたします。まずはお問い合わせフォームより、ご相談の流れとあわせてお気軽にどうぞ。
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本記事の注意事項:本記事は2026年8月時点の公開特許情報(特許庁J-PlatPat)に基づく一般的な解説です。引用した請求項は公報の記載に基づきますが、一部は紙幅の都合により抜粋であり、権利範囲は最終的に公報の正本と出願経過により定まります。権利の存続状況は特許料の納付状況等により変動します。公報には製品名・サービス名の記載がないため、特定の製品・サービス・工事に当該技術が使われているかを断定するものではありません(会社名は公報記載の特許権者名です)。本記事の説明は理解を助けるための要約であり、権利範囲を画定するものではありません。建設業法・労働安全衛生法その他の法令への適合性について本記事は何ら判断を示すものではなく、実施にあたっては別途専門家の検討が必要です。侵害の成否について本記事は何ら断定するものではなく、個別事案の結論を保証するものでもありません。
出典
- 特許第6581844号/第7507987号/第6979015号/第6590653号/第6472894号 各特許公報(J-PlatPatにて特許番号で照会・書誌および特許請求の範囲・経過情報)
- J-PlatPat(特許情報プラットフォーム・独立行政法人工業所有権情報・研修館):https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
- 特許庁「特許出願の早期審査・早期審理について」:https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/soki/index.html
- 特許庁「PCT国際出願制度の概要」:https://www.jpo.go.jp/system/patent/pct/index.html
- 国土交通省「i-Construction」:https://www.mlit.go.jp/tec/i-construction/index.html
AUTHOR / 執筆者
杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)
知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士
特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。