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ヘルステックの特許を弁理士が解説|電気の使用量から高齢者の衰えを見つける、測らずに測る発明

ヘルステックの特許を弁理士が解説|電気の使用量から高齢者の衰えを見つける、測らずに測る発明

高齢のご家族が元気にしているかを知りたい。ふつうに考えれば、センサーを付けてもらうか、カメラを置くか、電話をかけるかです。ところがある特許は、そのどれもしません。家の電気の使用量だけを見て、衰えのきざしを見つける。

本記事では、予防・健康管理の分野に関わる実在の登録特許5件を、特許庁のJ-PlatPatで請求項の原文まで確認して弁理士が解説します。見守り、体組成計、食事、暑熱対策、睡眠——扱う対象はばらばらですが、並べて読むとヘルステックの特許に共通する一本の考え方が浮かび上がってきます。それは「何を測るか」ではなく、「何を測らないと決めたか」です。

💡 現場DX×特許シリーズ:ドローン農業テック医療テック飲食・店舗テックHRテック建設テックに続く第7弾です。

目次

  1. 結論|ヘルステックの発明は「測らないと決めたもの」で決まる
  2. ①電気の使用量から、高齢者の衰えを見つける(JDSC・特許6830298)
  3. ②体重計に乗るだけで、血液検査の値を推し量る(タニタ・特許7517668)
  4. ③手のひらの色から「足りている」と伝える(カゴメ・特許6841557)
  5. ④動いている分を、回帰直線の切片で捨てる(大阪大学ほか・特許7550410)
  6. ⑤きれいすぎる睡眠データを、不正と判定する(ポケモン・特許7401634)
  7. 5件を並べて見える3つの型
  8. 手続の見どころ|早期審査3件と、3年待った1件
  9. 重要|医療機器該当性と要配慮個人情報——2つの線引き
  10. 医療テックの特許と、どこが違うのか
  11. ヘルステック事業者への実務示唆
  12. よくある質問(FAQ)

結論|ヘルステックの発明は「測らないと決めたもの」で決まる

● 5件中3件が「本丸を測らずに、身近な代理データで測る」構造:衰えを電気の使用量から(①)、血液検査値を体組成から(②)、野菜摂取量を手のひらの色から(③)。どの代理データを選ぶかが発明になっています。
● ④は同じ発想を数式で:心拍から「動いているせいで上がった分」を、回帰直線の切片で切り離します。
● ⑤はその裏返し:代理データを使うなら、そのデータは信用できるのか。「規則性に適合したら不正」という反転した判定が請求項に書かれています。
● 権利者の顔ぶれが多彩:AIスタートアップと発明者個人の共有、計測機器メーカー、食品メーカー、大学+紡績会社+気象協会の三者共有、そしてゲーム会社。
● 手続の見どころ:早期審査が3件ある一方で、1件は審査請求を3年の期限ぎりぎりまで待っています。分割出願が3件新規性喪失の例外(特許法30条2項)が1件。
特許 特許権者 本丸 代わりに見ているもの
6830298(B1)JDSC+発明者個人2名高齢者の活動量住居のライフライン使用状況
7517668タニタ生化学検査値(血液)体組成情報
6841557カゴメ野菜摂取量皮膚状態値
7550410大阪大学+倉敷紡績+日本気象協会体調・暑熱リスク回帰直線の切片と傾き
7401634ポケモン(データの信頼性)経時的変化の規則性

①電気の使用量から、高齢者の衰えを見つける(JDSC・特許6830298)

見守りサービスの難しさは、技術ではなく受け入れてもらえるかにあります。カメラは監視されている感じがする。ウェアラブルは充電が要るうえ、外されたら終わりです。この特許は、その手前で降りました。住んでいれば必ず使っているもの——ライフラインを見ます。

請求項1(要旨)

住居のライフライン使用状況を示す利用データを取得し、過去の利用データと在・不在データを学習データセットとして学習された学習モデルに入力して在・不在の予測値を演算し、その予測値と利用データに基づいて居住者のフレイル状態を検知する——という情報処理システム。

うまいのは二段構えになっているところです。電気の使い方から直接「衰え」を当てにいくのではなく、いったん「家にいるか、いないか」という中間の答えを出します。外出の頻度が落ちてきた、日中も家にいる時間が増えた——そうした変化は、活動量の低下として読み取れます。フレイル(加齢にともなう心身の活力低下)を、外出という行動に翻訳してから捉えているわけです。

クレームの作り方も参考になります。請求項1は「ライフライン使用状況」という広い言葉で押さえ、「電力使用状況である」と限定するのは請求項2です。電気に絞って書いてしまうと、ガスや水道でやられたときに手が届きません。上位概念で網を張り、実施している形は従属項で確保する——教科書どおりの構成です。

従属項も具体的です。請求項3ではフレイル/プレフレイル/ノンフレイルの3段階に分けて検知し、請求項4・5ではCO2センサの検出値で活動量を補正します。電気だけでは足りない場面をセンサで埋める構成まで、ちゃんと押さえてあります。請求項6のZスコアによる正規化は、家ごとに違う電力の使い方を横並びにするための工夫でしょう。

弁理士の目:この公報には【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用として、令和2年1月10日に自社ウェブサイトに掲載したことが明記されています。出願は同年4月30日ですから、公表が先、出願が後。スタートアップにありがちな順序ですが、30条2項で救済されています。新規性喪失の例外の手続は、あくまで例外です。原則は「公表する前に出願する」ことに変わりはありません。

審査請求は同年10月5日、早期審査を使い、登録は翌2021年1月28日。出願から約9か月です。しかも公報種別はB1——出願公開を経ずに登録された、という意味の記号です。もうひとつ目を引くのは特許権者で、法人(JDSC)と発明者個人2名との共有になっています。

②体重計に乗るだけで、血液検査の値を推し量る(タニタ・特許7517668)

健康診断が年に一度しかないのは、採血が面倒だからです。では、毎日乗っている体組成計から、その値の見当をつけられないか。すでに家にある機械の出力を、別の値に読み替える——新しいデバイスを作らない発明です。

請求項1(要旨)

ユーザの体組成情報を取得し、そのうちの所定の体組成情報に基づいて相関関係を有する所定の生化学検査値を推定して出力する。推定には学習モデルを用い、さらに実測により取得した当該ユーザの生化学検査値を実測値、学習モデルによる推定値を基準推定値として、両者に基づいて学習モデルを調整する——という健康情報提供システム。

請求項1の後半、「実測値で学習モデルを調整する」という部分が要です。推定はあくまで推定ですから、集団の平均から外れている人には当たりません。そこで、年に一度の健康診断で本物の数値が手に入ったときに、その人専用にモデルを寄せる。年1回の実測と、毎日の推定を組み合わせる設計になっています。

そして、この記事でいちばん面白いと思ったのが請求項14です。

請求項14(要旨):生化学検査値推定部は、前記経過時間が大きくなるほど、元の学習モデルに近づくように前記学習モデルを調整する

個人に合わせた補正を、時間が経つほど薄めていくという請求項です。半年前の血液検査に、いつまでも引っ張られては困る。体は変わるからです。「個人最適化する」で止めず、その最適化をどう失効させるかまで書いてある。実測が古びるという当たり前を、請求項の言葉にしたところに実務の手ざわりがあります。

構成も厚い。請求項2は同じ発明を「テーブルを参照して推定する」版として別に立て、請求項16・17は入力を生体インピーダンスにした系統を独立で確保しています。学習モデルで書くか、テーブルで書くか——実装の選択肢ごとに独立請求項を並べる作り方で、請求項21・全25頁という厚みになっています。ソフトウェア特許では、この「並列で押さえる」設計が効いてきます。

手続で目立つのは時間の使い方です。出願が2019年3月29日、審査請求が2022年3月23日。審査請求の期限は出願から3年ですから、ほぼ期限いっぱいまで待っています。登録は2024年7月8日で、出願から数えると約5年3か月。①③⑤が早期審査で駆け抜けたのとは対照的です。代理人に弁護士が入っているのも、この5件では唯一でした。

③手のひらの色から「足りている」と伝える(カゴメ・特許6841557)

食事の記録は続きません。撮る、選ぶ、直す——毎食それをやれる人はごく一部です。この特許は記録をやめました。体に溜まった結果のほうを見ます。

請求項1(要旨)

出力部と処理部を備え、処理部の制御により出力部が充足通知を出力する。その際に参照されるのは個人の皮膚状態値であり、充足通知が示すのは当該個人の野菜摂取量が足りている旨。通知の条件は個人の野菜摂取量≧推奨野菜摂取量である——という野菜摂取量改善システム。

請求項に書かれているのが「足りている」と伝えることである点に注目してください。不足を指摘して行動を促す設計ではなく、達成を通知する設計が権利の中身になっています。続かない行動をどう続けさせるかという問いに、「褒めるほうを請求項にする」で答えた形です。

ここでも上位概念の押さえ方が①と同じです。請求項1が参照するのは「皮膚状態値」という広い言葉で、「皮膚カロテノイド値」に絞られるのは請求項3。カロテノイド以外の指標が出てきても届く形にしてあります。

弁理士の目:この公報は請求項の書きぶりが独特です。「野菜摂取量改善システムであって、それを構成するのは、少なくとも、以下である:」とコロンと箇条書きで組み立てられており、日本の特許請求の範囲としてはかなり珍しい形です。日本語の請求項は「〜と、〜と、を備える◯◯。」という一文で書かれるのが通例なので、初めて見ると面食らうかもしれません。【分析】読みやすさを狙ったのか、翻訳を意識したのかまでは、公報の記載だけでは分かりません。

手続はスピード重視です。原出願は2018年11月14日、そこからの分割出願を2020年6月12日に行い、同じ日に審査請求、さらに早期審査。登録は2021年2月22日でした。分割出願で権利の切り口を作り直し、そこから最短で走る——という使い方です。請求項5・全10頁と、5件のなかでいちばんコンパクトな公報でもあります。

④動いている分を、回帰直線の切片で捨てる(大阪大学ほか・特許7550410)

心拍数を体調の指標に使いたい。けれど心拍は動けば上がるので、そのままでは体調なのか運動なのか分かりません。この当たり前の交絡を、この特許は数式ひとつで切り分けます。

請求項1(要旨)

心拍検出手段と加速度検出手段を備えた測定装置を用い、所定期間における心拍データの集合と加速度データの集合とに対する回帰直線を求め、その回帰直線の切片から心拍指数を、傾きから体力指数を算出する——という体調評価方法。

切片は、加速度がゼロのとき、つまり動いていないときの心拍の高さにあたります。運動による上昇分を直線の傾きに預けてしまえば、残った切片が「その人のいまの調子」に近い。そして傾きのほうは、同じだけ動いたときにどれだけ心拍が上がるか——つまり体力そのものです。1本の回帰直線から、性質のちがう2つの指標を取り出しているのがこの請求項の妙味です。

請求項2はここから暑熱対策に進みます。熱中症の発症リスク指数を、作業負担指数と暑熱負荷指数の線形和として算出し、それを請求項1の心拍指数・体力指数で補正する。同じ環境に置かれても、その日の調子と体力によってリスクは違う——という当たり前を、式の形で組み込んでいます。暑熱負荷のほうは服内温度と環境温度から求めます。気温ではなく服の中の温度を見ているのが現場的です。請求項3では、2つの指数を軸にした2次元マップに表示します。

弁理士の目:特許権者が国立大学法人大阪大学・倉敷紡績株式会社・一般財団法人日本気象協会の三者共有です。解析の理論を大学が、身につけるものを紡績会社が、外の暑さを気象の専門機関が——という役割分担がそのまま権利者の並びになっています。共有特許は自己実施こそ自由ですが、持分の譲渡やライセンスには他の共有者の同意が要ります(特許法73条)。産学連携では、出願前に持分と実施の取り決めをしておくかどうかで後の動きやすさが変わります。

こちらも分割出願です。原出願は2018年4月10日、分割が2023年1月6日、審査請求が同月31日、登録は2024年9月5日。原出願から数えると6年以上かけて、この切り口にたどり着いています。

⑤きれいすぎる睡眠データを、不正と判定する(ポケモン・特許7401634)

ここまでの4件は、生活者が出したデータを信じて使ってきました。では、そのデータが本物でなかったら。睡眠の記録でゲームが進むなら、端末を机に置いて寝たことにする人が出てきます。この特許が押さえているのは、そこを疑う仕組みです。

請求項1(要旨)

ユーザ端末から計測された生体情報を受信し、そこから睡眠情報を取得する。あわせて生体情報の経時的変化が所定の規則性に適合するか否かを判定し、適合すると判定された場合に、不正を判定した旨をユーザ端末へ伝えるための処理を実行する——というサーバ装置。

よく読んでください。「適合したら不正」です。ふつうの異常検知は「規則から外れたら異常」ですから、判定の向きがになっています。

この反転には理由があります。人が眠っているときの生体情報は、きれいな規則性を示さないからです。寝返りを打ち、呼吸が乱れ、深さが揺れる。逆に、机に置かれた端末や、揺すり続けられた端末が出す信号は整いすぎている。だから「きれいであること」を不正の徴候として拾う。ノイズがあることこそ人間らしさだという洞察が、そのまま請求項の一行になっています。

対応の作り方も丁寧です。請求項2はゲームの中断、請求項3は進行が不利になるペナルティ、請求項4は警告。3つを並列の従属項で確保しています。運用の厳しさは後から変えたくなるところなので、幅を残してあるわけです。

弁理士の目:①のJDSCが公表してから出願(30条2項)だったのに対し、こちらの原出願日は2018年10月23日で、睡眠を扱うゲームが世に出るより前です。公表の前に出しておくという、原則どおりの型。同じ「生活者の生体データ」を扱う発明でも、出すタイミングの考え方は正反対でした。なお本件も分割出願(2022年11月24日)で、審査請求の翌月から早期審査を経て2023年12月11日に登録されています。

5件を並べて見える3つの型

型1:本丸を測らず、代理データに置き換える

①②③に共通する構造です。測りたいもの(活動量・血液検査値・野菜摂取量)は、いずれもまっすぐ測ろうとすると生活者が受け入れてくれない。センサーは嫌がられ、採血は痛く、記録は続かない。そこですでに生活のなかで発生しているデータに置き換えます。

まっすぐ測ると 何が起きるか 代わりに見るもの
センサーを付けてもらう充電・装着が続かない/監視感①ライフライン使用状況
採血する年1回が限度②体組成情報
食べたものを記録する毎食は続かない③皮膚状態値

進歩性が認められた場所も、たいていここです。「AIで推定する」だけなら誰でも思いつきますが、電力から在・不在を経由してフレイルへ体組成から生化学検査値へ皮膚状態値から充足通知へという置き換えの筋道が具体的に書き切られている。「仕組み」が特許になるかどうかの境目も、この具体性のあるなしで分かれます。

型2:混ざっているものを、計算で引き剥がす

④は代理データを探すのではなく、すでに手元にあるデータから邪魔なものを抜くアプローチです。心拍には「体調」と「運動」が混ざっている。回帰直線を引いて切片と傾きに分ければ、混ざりものが分離できる。データを増やすのではなく、持っているデータの読み方を発明にした例です。

型3:そのデータは本物か、を先に決める

⑤が押さえたのは、型1・型2の足元です。生活者が自分で出すデータを使う以上、正しく測る前に、嘘を弾く必要がある。ヘルステックは病院と違って、計測の現場に誰も立ち会いません。だからこそデータの真正性そのものが発明になりうる——ここは、健康データを扱うすべてのサービスに効く視点です。

もうひとつの共通点:①と③は、請求項1を上位概念で書き、実施している形は従属項に置くという同じ設計をしています(①ライフライン→電力/③皮膚状態値→皮膚カロテノイド値)。いま作っているものをそのまま請求項1に書いてしまうと、少し違うやり方に逃げられます。いま作っているものは何の一例なのか——出願前にここを言葉にできるかどうかが、権利の広さを決めます。

手続の見どころ|早期審査3件と、3年待った1件

特許 出願(原出願) 審査請求 登録 使った制度
①68302982020-04-302020-10-052021-01-28早期審査/30条2項/B1
②75176682019-03-292022-03-232024-07-08(通常審査)
③68415572018-11-14(分割2020-06-12)2020-06-122021-02-22分割/早期審査
④75504102018-04-10(分割2023-01-06)2023-01-312024-09-05分割
⑤74016342018-10-23(分割2022-11-24)2022-12-212023-12-11分割/早期審査

この表で言いたいのは、速いほうがえらい、ではないということです。

①③⑤が早期審査を選んだのは、いずれもその機能が競争の対象になっているからでしょう。見守りサービスも、睡眠を扱うゲームも、機能そのものが商品です。早く権利にしておく理由があります。

一方で②のタニタは、審査請求を3年の期限ぎりぎりまで待ちました。これも合理的な選択です。審査請求には費用がかかりますし、待っているあいだに事業の見通しや、権利にすべき範囲が定まってくる。体組成計から血液検査値を推定するというテーマは、実用化に検証の時間が要るはずです。急ぐ理由がないなら、急がない——3年という猶予は、そのために用意されています。

もう一点、5件中3件が分割出願(③④⑤)である点も見逃せません。いずれも原出願から数年後に分割して、別の切り口で改めて権利を取り直しています。最初の出願で書いた明細書は、あとから別の請求項を立てるための資産でもある——という使い方が、そろって表れています。

重要|医療機器該当性と要配慮個人情報——2つの線引き

ヘルステックには、特許とは別に2本の線があります。特許が取れることと、その線を越えないことは、まったく別の話です。

線1:それは「医療機器」なのか(薬機法)

疾病の診断・治療・予防に使うことを目的とするプログラムは、プログラム医療機器(SaMD)として薬機法の規制対象になりえます。一方、健康管理を目的とし、疾病の診断を行わないものは、対象外と整理される場合があります。この線をどちら側で設計するかによって、必要な手続がまったく変わります。

興味深いのは、その設計判断が請求項の言葉に表れることです。③の請求項が出力するのは「野菜摂取量が足りている旨の充足通知」であって、病名でも診断結果でもありません。①が検知するのも「フレイル状態」という加齢にともなう状態です。【分析】こうした言葉選びが規制を意識したものかどうかは公報からは分かりませんが、何を出力すると書くかが製品の位置づけと直結することは確かです。

本記事は、個別の製品・サービスが医療機器に該当するか否かについて何ら判断を示すものではありません。該当性の判断は厚生労働省・各都道府県の薬務主管課への確認や、薬事の専門家による検討が必要です。特許を取得したことは、薬機法上の適法性を意味しません。

線2:健康データは「要配慮個人情報」になりうる

健康診断の結果や病歴は、個人情報保護法上の要配慮個人情報にあたり、取得には原則として本人の同意が要ります。ヘルステックは、まさにその種のデータを日常的に扱う分野です。

ここで参考になるのが、MA・顧客データの特許で取り上げた事例です。ある登録特許は、データを持たない・都度取得する・実行後に削除するという手順そのものを請求項に書き込んでいました。プライバシー設計が発明の中身になるという型で、健康データを扱う場合にはより強く当てはまります。「何を集めないか」を先に決めることは、規制対応であると同時に、差別化の設計にもなりうるということです。

なお、①のように電力データという生体情報でないものを入口にする設計は、扱うデータの性質という点でも意味を持ちます。ただし、そこから推定される結果が何にあたるかは別途の検討が必要で、本記事は特定の設計が適法であると述べるものではありません。

医療テックの特許と、どこが違うのか

本シリーズでは以前、医療テックの特許を扱いました。オンライン診療、内視鏡のAI、治療用アプリ、病室の見守り、電子カルテ——いずれも医療者が使う道具の話でした。今回の5件とは、権利のかたちがはっきり違います。

  医療テック ヘルステック(本記事)
使う人医師・薬剤師・看護師生活者・従業員・家族
越えられない壁診療行為そのものは特許にならないまっすぐ測ると続けてもらえない
だから権利は診療の周辺のワークフローに宿る代理データの選び方に宿る
データの出どころ医療機関(管理された環境)生活者本人(立会人がいない
固有の論点医療行為の除外・薬機法医療機器該当性・データの真正性

とくに最後の行が、この記事でいちばん申し上げたい違いです。病院では、測るところに必ず誰かがいます。ヘルステックにはそれがない。だから⑤のように「そのデータは本物か」を判定する仕組み自体が発明になる——医療テックの記事には出てこなかった論点でした。

なお、健康・運動の分野は特許だけの世界ではありません。ジム名やサービス名の商標、器具の意匠、動画の著作権まで含めた守り方は、筋トレ・フィットネスビジネスを守る知的財産で整理しています。

ヘルステック事業者への実務示唆

1|「何を測らないと決めたか」を言葉にする。審査で効いてくるのは、AIを使ったことではなく置き換えの筋道です。本丸を避けた理由と、代わりに選んだデータと、そこから答えに至る道すじ。この3つが書けていれば、請求項は具体的になります。

2|いま作っているものは「何の一例」なのかを考える。①は電力をライフラインの一例として、③はカロテノイドを皮膚状態値の一例として書きました。実施している形をそのまま請求項1にすると、少し違うやり方に回り込まれます。

3|「続けてもらう工夫」も発明になりうる。③の充足通知のように、行動をどう促すかが請求項の中身になっている例があります。UIやコピーの話だと切り捨てず、権利化の候補として棚卸ししてみる価値があります。

4|データの真正性を検討する。生活者が自分で出すデータを事業の根拠にするなら、不正・誤計測をどう扱うかは避けて通れない論点になります。⑤のように、そこが独立した発明になることもあります。

5|急ぐ理由があるかを先に決める。機能そのものが競争の対象なら早期審査。実用化に検証が要るなら、審査請求の3年を使い切る選択もあります。出願から登録までの流れを、事業計画のほうから逆算してください。

6|共同研究なら、出願前に持分と実施の取り決めを。④のような三者共有では、持分の譲渡やライセンスに他の共有者の同意が要ります(特許法73条)。誰がどう事業化するのかを、出願前に文書にしておくかどうかで後の動きやすさが変わります。

ヘルステックの発明、どこを権利にできるか分からないときは

「センサーの中身は他社製だから特許は難しい」「アプリのUIだけでは取れない」——そう思って諦めている部分に、権利化できる構成が残っていることがあります。エボリクスでは、事業の段階に合わせた出願の進め方をご提案します。

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よくある質問(FAQ)

Q1. 健康管理アプリのようなソフトウェアでも特許は取れますか?

本記事の5件は、いずれもソフトウェアを中心とした発明として登録されています。ポイントは「アプリだから取れる/取れない」ではなく、ハードウェア資源を使って具体的にどんな情報処理をするのかが書けているかです。①のように「何を取得し、何を経由して、何を出力するか」が特定できていれば、検討の土俵に乗ります。

Q2. 「AIで推定する」という発明は、いま出願しても新規性がないのでは?

AIを使うこと自体は、もはや珍しくありません。本記事の5件で権利になっているのはAIそのものではなく、その周りの決めごとです。何を入力に選んだか(①電力)、推定結果をどう補正するか(②実測での調整と時間による減衰)、どんな出力にするか(③充足通知)。差がつくのはAIの手前と後ろだとお考えください。

Q3. 特許を取れば、薬機法や個人情報保護法の問題はクリアできますか?

いいえ。まったく別の制度です。特許は「その技術に独占権を認めてよいか」を判断するもので、その技術を実施してよいかを判断するものではありません。医療機器に該当するか、要配慮個人情報の取扱いが適切かは、それぞれの法令に沿った検討が別途必要です。特許庁の審査を通ったことは、これらの適法性を保証するものではありません。

Q4. サービスを先にリリースしてしまいました。もう出願できませんか?

①の公報には、自社ウェブサイトへの掲載後に出願し、新規性喪失の例外(特許法30条2項)の適用を受けたことが明記されています。所定の期間内であれば救済される場合があります。ただし手続を誤ると適用を受けられず、外国での取扱いも国ごとに異なります。あくまで例外ですので、心当たりがあれば早めにご相談ください。

Q5. 大学や自治体と共同で開発しています。特許は誰のものになりますか?

実際に発明した人が所属する組織との共有になるのが一般的で、④は大学・企業・財団法人の三者共有です。共有特許は各自が自由に実施できる一方、持分の譲渡や第三者へのライセンスには他の共有者全員の同意が必要です(特許法73条)。事業化の主体が決まっているなら、共同研究契約の段階で持分と実施の条件を定めておくことをお勧めします。

Q6. 他社が似たサービスを出しています。この記事の特許に触れていませんか?

本記事は侵害の成否について何ら判断を示すものではありません。侵害の検討は、請求項の各構成要件をすべて満たすか(オールエレメントルール)を、対象となる製品の具体的な構成に即して行う必要があります。文言上は満たさない場合でも、例外的に均等侵害が問題となることがあります。実務では、事前に他社権利を調べるFTO調査から始めるのが定石です。

Q7. 記事に出てくる「B1」「分割出願」とは何ですか?

B1は、出願公開を経ずに登録された特許の公報につく記号です(①がこれ)。早く登録されると、公開される前に権利が発生します。分割出願は、もとの出願に書いてある内容の一部を切り出して新たな出願にする制度です(③④⑤が利用)。最初の明細書に書いてあることが、後から別の権利を立てる元手になります。

まとめ

ヘルステックの5件を請求項まで読んで見えたのは、まっすぐ測ろうとしていないという共通点でした。センサーは外され、採血は年に一度で、記録は続かない。だから電気の使用量に、体組成に、手のひらの色に置き換える。進歩性が認められた場所は、たいていその置き換えの筋道にありました。

④は同じことを数式でやり、混ざっている心拍から回帰直線の切片で調子だけを取り出しました。そして⑤は、そこまでの前提を裏返します。生活者が自分で出したデータは、本物か。「規則性に適合したら不正」という反転した一行は、立会人のいない計測を扱うすべてのサービスに刺さる論点です。

権利者の顔ぶれも印象的でした。AIスタートアップと発明者個人の共有、計測機器メーカー、食品メーカー、大学と紡績会社と気象協会の三者共有、そしてゲーム会社。健康の特許を持っているのは、もはや医療の会社だけではありません。

自社のサービスで「本丸を避けて、別のもので測っている」ところはありませんか。そこは、権利化を検討する価値のある場所かもしれません。エボリクスでは、請求項をどこまで広げられるかを事業の見通しとあわせてご提案しています。お問い合わせはこちらご相談の流れ

本記事の注意事項:本記事は2026年8月時点の公開特許情報(特許庁J-PlatPat)に基づく一般的な解説です。引用した請求項は公報の記載に基づきますが、紙幅の都合により要旨としてまとめた箇所があり、権利範囲は最終的に公報の正本と出願経過により定まります。権利の存続状況は特許料の納付状況等により変動します。公報には製品名・サービス名の記載がないため、特定の製品・サービスに当該技術が使われているかを断定するものではありません(会社名・機関名は公報記載の特許権者名です)。本記事は、個別の製品・サービスの薬機法上の医療機器該当性、個人情報保護法その他の法令への適合性について、何ら判断を示すものではありません。また、健康・医療に関する助言を行うものでもありません。侵害の成否について本記事は何ら断定するものではなく、個別事案の結論を保証するものでもありません。

出典

杉浦健文 弁理士

AUTHOR / 執筆者

杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)

知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士

特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。