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HRテックの特許を弁理士が解説|出願29日で登録された特許と、4年5か月かけた特許
出願から29日で登録された特許があります。一方で、同じHRテックの分野に4年5か月かけて、一度は拒絶されながら取り切った特許もあります。
本記事では、採用・労務・勤怠に関わる実在の登録特許5件を、特許庁のJ-PlatPatで請求項の原文まで確認して弁理士が解説します。読んでいくと、HRテックの特許が守っているのは華々しいAIではなく、「採用から退勤までの、現場が必ず詰まる一点」だということが見えてきます。とりわけ面白いのは、同じ課題に対して正反対の解を出した2件が、どちらも特許になっていることです。
目次
結論|守られているのは「採用から退勤までの段取り」
● 同じ課題に正反対の解:①は「打刻したらPCを落とす」、②は「打刻そのものをやめる」。どちらも登録されています。
● 法律が設計思想になる:③は労働基準法26条(休業手当)の判断そのものを請求項に落とし込んでいます。
● 速さの落差が極端:⑤は出願から29日で登録。④は約4年5か月かけ、しかも一度は拒絶査定を受けています。
| 特許 | 特許権者 | 権利になっている段取り | 出願〜登録 |
|---|---|---|---|
| 特許7393247(B2) | アマノ | 退勤打刻時にPCが起動していたら制御信号で落とす | 約3年9か月 |
| 特許6606651(B1) | ラクロー | 打刻せず、業務システムの利用履歴から労働時間を推定する | 約4か月 |
| 特許7623661(B1) | Matchbox Technologies | 短期就業の取消時に休業手当の該当性を判定し金額を算出する | 約1年1か月 |
| 特許7720152(B2) | ディップ | 音声から台詞を検索して声優を特定する | 約4年5か月 |
| 特許7792042(B1) | ビズリーチ | レジュメの修正提案に優先度を付け、見せるものを絞る | 29日 |
①退勤打刻したら、PCを落とす(アマノ・特許7393247)
| 特許番号 | 特許第7393247号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | 就業管理システム、就業管理装置およびプログラム |
| 特許権者 | アマノ株式会社 |
| 出願/審査請求/登録 | 2020年2月28日 / 2022年11月10日 / 2023年11月28日 |
| 請求項数 | 8項(全16頁) |
労務管理で最も根深い問題のひとつが、「退勤の打刻をしたのに、その後も働いている」という状態です。打刻の記録上は退勤済みなのに、パソコンは動いている。この乖離こそが、労働時間の実態把握を難しくしてきました。
タイムレコーダの老舗であるアマノの答えは、拍子抜けするほど直接的です。打刻したら、PCの電源を落としてしまう。
特許第7393247号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・抜粋)
(前略)前記複数の業務装置は、起動状態および非起動状態に関する起動履歴情報を前記就業管理装置へ送信し、前記就業管理装置から送信される制御信号に基づき起動状態から非起動状態に遷移可能な第1の制御部、をそれぞれ有し、
前記就業管理装置は、(中略)退勤時刻の打刻時に、前記起動履歴情報に基づき、入力された操作者の識別情報から操作者が管理する業務装置が起動状態であると判定したとき、当該起動状態である業務装置へ前記制御信号を送信する遠隔操作部を有する第2の制御部と を有する 就業管理システム。
読みどころ|「記録を正す」のではなく「事実の側を変える」
この請求項が面白いのは、打刻データを補正する方向ではなく、打刻と実態を一致させる方向に解いている点です。ズレを検出して警告するのではなく、ズレそのものを物理的に消しにいく。
とはいえ、いきなり電源が落ちたら作業中のデータが失われかねません。そこは従属請求項で手当てされています。請求項2は制御信号を送る前に注意喚起情報を表示すること、請求項3は非起動状態へ遷移させる処理の実行の要否を選択させることを定めています。請求項4では、非起動として扱うのはシャットダウン・スリープ・ログオフのいずれかだと具体化されています。「強制的に落とす」と「本人に選ばせる」の間の設計まで、権利範囲に織り込まれているわけです。
さらに請求項5・6では、出退勤の打刻状況と業務装置の起動状況を並べた一覧表示を生成し、請求項6ではそれを管理者が閲覧できるようにしています。個人の打刻の話から、組織の実態把握の話へ広がっていく構成です。
②そもそも打刻をやめる(ラクロー・特許6606651)
| 特許番号 | 特許第6606651号(公報種別 B1) |
| 発明の名称 | 労務管理システム |
| 特許権者 | 株式会社ラクロー(発明者1名) |
| 出願/審査請求/登録 | 2018年6月28日 / 2018年7月5日(7日後) / 2019年11月1日(約4か月) |
| 審査経過/請求項数 | 早期審査あり/前置審査を経て登録 / 8項(全20頁) |
アマノが「打刻に実態を合わせる」なら、こちらは真逆です。打刻という行為そのものをなくしてしまう。代わりに、その人が一日のあいだに使った業務システムの記録から、労働時間を組み立てます。
特許第6606651号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・全文)
従業者の労働時間を管理する労務管理システムであって、前記従業者による業務システムの利用に係る日時を含む利用履歴を取得する利用履歴取得部と、設定されたルールに従って、取得した前記利用履歴のそれぞれについて、前記業務に該当するか否かを判定し、前記業務に該当すると判定した前記利用履歴に基づいて前記業務を行った労働時間を推定する労働時間推定部と、前記利用履歴のそれぞれについて、前記業務に該当するか否かの判定結果に対する前記従業者からの修正を受け付け、修正された前記判定結果に基づいて、推定した前記労働時間を修正する労働時間修正部と、を備えることを特徴とする労務管理システム。
読みどころ|「本人が直せる」ことまで請求項に入っている
請求項1は3つの部で構成されています。履歴を取る/業務かどうか判定して時間を推定する/本人の修正を受けて直す。
3つ目が効いています。ログから機械的に推定するだけなら、昼休みのメールチェックまで労働時間に数えてしまう。逆に厳しく絞れば、実際の労働が漏れる。その最終判断を本人に返す——推定の誤りを人間が畳む工程を、構成要件として書き込んでいます。
従属請求項は、どのログを見るのかを具体的に列挙していきます。カレンダーの予定にキーワードが含まれるか(請求項2)、電子メールの送受信内容(請求項3)、ファイルやディレクトリの操作とその名前・内容(請求項4)。請求項5では、判定に使うキーワードそのものをシステムが提案するところまで踏み込みます。
手続の見どころ:この特許は出願からわずか7日後に審査請求し、早期審査を使って約4か月で登録されています。しかも書誌には【前置審査】の記載があり、一度は拒絶査定を受けたことが分かります。それでも補正と主張を重ね、4か月で取り切った。発明者は1名です。
③労働基準法の条文が、請求項の設計思想になる(Matchbox Technologies・特許7623661)
| 特許番号 | 特許第7623661号(公報種別 B1) |
| 発明の名称 | プログラム、情報処理装置、及び方法 |
| 特許権者 | 株式会社Matchbox Technologies |
| 出願/審査請求/登録 | 2023年12月28日 / 2024年8月23日(早期審査) / 2025年1月21日 |
| 請求項数 | 10項(全24頁) |
単発・短期の仕事、いわゆるスキマバイトが広がるなかで、実務上の難所になっているのが事業者都合のキャンセルです。前日に「明日はもう来なくていい」と言われた働き手に、事業者は休業手当を支払う義務を負う場合があります(労働基準法26条)。しかし1日単位・数時間単位の仕事で、その都度この判断と計算を人手で行うのは現実的ではありません。
特許第7623661号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・抜粋)
(前略)前記事業者から、就業する予定の就業予定者について、就業する予定を取消す入力を受け付けるステップと、前記受け付けた就業する予定の取消について、休業手当の支払い条件として定められた条件に該当するかに基づき、当該条件に該当する場合に前記就業予定者に対する休業手当の金額を算出するステップと、を実行させ、前記休業手当の金額を算出するステップにおいて、前記就業予定者が過去に就業した勤務情報を取得し、前記勤務情報に基づく過去の賃金総額から算出される1日の平均賃金から前記休業手当の金額を算出する、または、前記受け付けた就業する予定に係る求人情報における、給与の金額に基づいて算出される1日の平均賃金から前記休業手当の金額を算出する、プログラム。
読みどころ|「平均賃金の出し方」が2通り書き分けられている
請求項1の後半に注目してください。休業手当の計算に使う1日の平均賃金を、過去の勤務実績から出すか、今回の求人の給与額から出すかで書き分けています。スキマバイトではその事業者で初めて働く人が珍しくなく、過去実績が存在しない。その場合をどう扱うかまで、権利範囲に組み込まれているわけです。
従属請求項も実務そのものです。事業者に取消理由の選択肢を提示して選ばせ(請求項3)、その理由が支払条件に該当するかを判定する(請求項2)。該当するなら支払対象になることを事業者へ報知する(請求項4)。さらに支払情報を生成し(請求項7)、請求項8では事業者以外の他の者が立て替えて支払う形まで用意されています。
審査官が引いた文献が示唆的:この特許の参考文献には、特許公報や学術論文に混じって神奈川県かながわ労働センターの「労働問題対処ノウハウ集」が挙げられています。労務実務の解説資料が先行技術文献として審査に使われたわけです。法制度に密着した発明では、審査の土俵も法律実務の側に寄ることが分かります。
④「声優検索」まで絞り込んで取り切る(ディップ・特許7720152)
| 特許番号 | 特許第7720152号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | 声優検索システム、サーバー、声優検索プログラム、及び声優検索方法 |
| 特許権者 | ディップ株式会社 |
| 出願/審査請求/登録 | 2021年2月19日 / 2024年2月19日(出願からちょうど3年) / 2025年7月30日 |
| 審査経過/請求項数 | 前置審査を経て登録 / 6項(全19頁) |
求人媒体を運営する企業の特許ですが、発明の名称は「声優検索システム」。人材マッチング一般ではなく、職種を極端に絞り込んでいます。この振り切り方に、ビジネスモデル特許を取るうえでの実務的な示唆があります。
特許第7720152号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・抜粋)
(前略)前記声優検索部は、(中略)前記声優の台詞そのままではなく、変換の誤差や前記データベース内のデータの差異も考慮して、DP(Dynamic Programming)により前記声優の台詞をアラインメントして類似度スコアを算出し、自然言語解析の形態素解析による類似度スコアを算出し、台詞における言語の並び自体の特徴モデルによる類似度スコアを算出し、算出された類似度スコアの最も高いいくつかの台詞を、検索結果として出力し、(中略)前記台詞特徴量は、声優の役柄についてのお約束、要請された台詞を含む、コンテンツが異なっても、声優の特徴を示す台詞上の特徴を示し(後略)
読みどころ|「役柄のお約束」という文言が請求項に入っている
音声をテキスト化して台詞データベースと照合する——それだけなら一般的な音声検索です。この請求項の独自性は、照合の仕方を3つのスコアの併用として書き切ったところと、台詞特徴量という概念を持ち込んだところにあります。
とりわけ「声優の役柄についてのお約束」「コンテンツが異なっても、声優の特徴を示す台詞上の特徴」という文言は印象的です。作品が変わっても、その声優が担いがちな役柄や言い回しには傾向がある——業界の暗黙知が、そのまま構成要件になっています。請求項2では言い回し・語尾・口調のクセ、請求項3では声紋に加えて発声上の特徴・声質・抑揚・方言や訛り、さらに元気系音声か癒やし系音声かまで挙げられます。
手続の見どころ:審査請求日が2021年2月19日出願の、ちょうど3年後の2024年2月19日。審査請求の期限は出願から3年ですから、最終日に請求していることになります。事業の様子を見極めてから判断したことがうかがえます。そして書誌には【前置審査】の記載——一度は拒絶査定を受けたうえで、補正と主張を経て登録に至りました。出願から登録まで約4年5か月です。
⑤出願から29日で登録(ビズリーチ・特許7792042)
| 特許番号 | 特許第7792042号(公報種別 B1) |
| 発明の名称 | 情報処理システム、情報処理方法及びプログラム |
| 特許権者 | 株式会社ビズリーチ |
| 出願/審査請求/登録 | 2025年11月17日 / 同日(2025年11月17日) / 2025年12月16日 |
| 早期審査/請求項数 | あり / 15項(全27頁) |
まず日付を見てください。出願2025年11月17日、登録2025年12月16日。その差、29日。審査請求は出願と同じ日に行われ、早期審査を利用しています。請求項15項・全27頁という、決して小さくない出願です。
中身は、求職者のレジュメ(職務経歴書)をAIが添削する仕組みです。ただし権利の核は「添削できること」ではありません。
特許第7792042号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・抜粋)
(前略)提案情報作成ステップでは、前記文書と、第1参照情報とに基づいて、前記文書に含まれる少なくとも1つの項目に対し、複数の修正観点ごとに少なくとも1つの修正提案情報を作成し、(中略)優先度判定ステップでは、前記修正提案情報と、第2参照情報とに基づいて、(中略)複数の前記修正提案情報それぞれの優先度を判定し、(中略)情報提示ステップでは、(中略)前記優先度に基づいて抽出した前記修正提案情報を前記求職者に提示する、情報処理システム。
読みどころ|権利になっているのは「指摘を絞ること」
請求項1は3段構えです。観点ごとに修正提案を作る → それぞれの優先度を判定する → 優先度に基づいて抽出したものだけを見せる。
生成AIに職務経歴書を読ませれば、指摘は無限に出てきます。しかし30個の指摘を並べられた求職者は、おそらく1つも直しません。この発明が解いた課題は「たくさん指摘すること」ではなく「どれを見せるか」です。請求項2では観点が記載が求められる事項(第1観点)と内容の具体性(第2観点)に整理され、請求項3では観点ごとに用意した学習済みモデルに文書を入力する構成まで具体化されています。
なお参考文献には、同じ会社のものとみられる特許が3件(特許第7671403号・第7406031号・第7691604号、いずれもB1)挙げられています。同じ領域に権利を積み重ねていることが、審査官が引いた文献からうかがえます。
5件を並べて見える3つの型
型① 同じ課題に、正反対の解が両方とも成立する
「労働時間を客観的に把握する」という同一の課題に対し、アマノは打刻を起点にPCを止める、ラクローは打刻をやめてログから推定するという逆方向の解を出し、どちらも登録されています。
これは特許制度の性質をよく表しています。特許は「課題」ではなく「解決手段」に与えられるものだからです。同じ悩みに別の解き方を用意できれば、先行例があっても道は残る。「もう誰かがやっているから無理だろう」と諦める前に、自社の解き方が本当に同じかを確かめる価値があります。
型② 権利の核は「絞る・畳む」ところにある
ビズリーチは指摘を優先度で絞る。ラクローは推定の誤りを本人の修正で畳む。アマノはいきなり落とさず選ばせる。Matchboxは過去実績がない人の平均賃金の出し方を用意する。
機能を足す発明ではなく、出しすぎ・拾いすぎ・足りない場合をどう始末するかが権利になっています。シリーズを通じて繰り返し確認してきたことですが、HRテックでも同じでした。
型③ 権利化のスピードは、事業の都合で選ばれている
| 特許権者 | 審査請求のタイミング | 出願〜登録 |
|---|---|---|
| ビズリーチ | 出願と同日+早期審査(B1) | 29日 |
| ラクロー | 出願の7日後+早期審査(B1・前置審査) | 約4か月 |
| Matchbox Technologies | 出願の約8か月後+早期審査(B1) | 約1年1か月 |
| アマノ | 出願の約2年9か月後 | 約3年9か月 |
| ディップ | 出願からちょうど3年(期限最終日)+前置審査 | 約4年5か月 |
29日と4年5か月。同じHRテックでも、これだけ違います。機能のリリースに権利を間に合わせたいなら出願と同時に審査請求して早期審査。事業として続くか見極めてから判断したいなら、審査請求の期限(出願から3年)まで待つ。どちらが正しいということはなく、事業の都合で選ぶものです。
そして5件のうち2件(ラクロー・ディップ)が前置審査を経ています。一度の拒絶査定は終わりではないことが、この分野でも確認できます。
重要|HRテックで特許を考えるときの3つの線引き
HRテックは、他の分野以上に制度が交差する領域です。混同されやすい点を整理します。
| 論点 | 整理 |
|---|---|
| 特許と、その運用の適法性 | まったく別の問題です。特許庁の審査は発明が新しいか・容易に思いつかないかを判断するもので、その仕組みを実際に運用してよいかを審査するものではありません。労働法規や個人情報保護法への適合性は、特許とは切り離して検討する必要があります |
| 従業員データの取扱い | 勤怠・評価・健康に関する情報は個人情報保護法の対象で、健康情報は要配慮個人情報に当たり得ます。取得の目的・範囲・同意のあり方は、システムの設計段階から専門家と検討してください |
| 特許・商標・営業秘密の使い分け | 画面や運用フローのように導入すれば外から見えるものは特許向き。サービス名・プロダクト名は商標。評価ロジックの係数や社内で完結するノウハウは営業秘密として秘匿する選択肢もあります(特許は公開と引き換えの独占です) |
ご注意:本記事は特許制度の解説であり、労働基準法をはじめとする労働法規や個人情報保護法への適合性について、何ら判断を示すものではありません。また、紹介した特許の存在は、その技術を用いた運用が適法・妥当であることを意味しません。労務管理の実務判断は社会保険労務士・弁護士に、個人情報の取扱いは所管のガイドラインと専門家にご確認ください。
HR事業者・人事部門への実務示唆
① 「法改正のたびに、発明の余地が生まれる」
Matchboxの特許が示すとおり、法律上の判断をソフトウェアに落とし込むところに発明が生まれます。労働時間の上限規制、同一労働同一賃金、社会保険の適用拡大——制度が変わるたびに、現場には新しい「面倒な判断」が生まれ、それを自動化する工夫が必要になります。自社が対応に追われている制度対応こそ、出願候補です。
② 汎用で通らないなら、絞ってみる
ディップの「声優検索」は、汎用の人材マッチングでは埋もれてしまう発明を、職種特有の事情(役柄のお約束、声質の要件)まで書き込むことで成立させた例と読めます。「対象を絞ると権利範囲が狭くなる」のは事実ですが、狭くても登録された権利は、広くて登録されない出願より役に立ちます。
③ リリース日から逆算する
ビズリーチの29日は、出願と同時に審査請求し、早期審査を申請するという運びの結果です。新機能の公表に権利を間に合わせたいなら、この設計が要ります。制度の詳細はスーパー早期審査の活用|要件とリスクをご覧ください。逆に、サービスを公表してからの出願は原則として手遅れです(救済制度はありますが期間制限があります)。
④ 一度の拒絶で諦めない
5件中2件が前置審査を経ています。HRテックはビジネスモデル特許と同様に進歩性の攻防が厳しい領域ですが、補正・意見書・審判という手が残っています。拒絶理由通知は「不合格通知」ではなく、審査官との対話の開始点です。
⑤ 導入する側も、他社特許との関係を確認する
自社で人事システムを内製する場合や、複数ツールを組み合わせて独自フローを作る場合は、他社特許との関係の確認が要ります。似た機能があるだけでは侵害になりませんが、請求項の要件を一つずつ突き合わせる作業は専門家の領域です。進め方はFTO調査とは?特許侵害を予防する進め方と実施時期にまとめています。
「人事の仕組みが特許になるのか」というご相談について
本記事の5件には、発明者1名のベンチャーの特許も、創業70年を超える老舗メーカーの特許も含まれています。会社の規模は、特許を取れるかどうかとは関係がありません。分かれ目は、人事・労務の現場でどんな面倒を、どんな段取りで解いたかを具体的に説明できるかどうかです。エボリクス(evorix.jp)では、HR SaaS・人事システムの特許出願と、他社特許のクリアランス調査を承っております。中小企業・スタートアップ向けの減免制度の活用もふまえてご提案します。まずはお問い合わせフォームより、ご相談の流れとあわせてお気軽にどうぞ。
よくある質問(FAQ)
Q. 本当に出願から29日で特許が取れるのですか?
A. 本記事の特許第7792042号は、公報上、出願日2025年11月17日・登録日2025年12月16日です。審査請求を出願と同日に行い、早期審査の対象となったことが書誌から確認できます。ただしこれは例外的に速い部類です。早期審査でも通常は数か月かかり、拒絶理由が来れば当然もっと延びます。「29日で取れる」ことを前提に事業計画を立てるのは危険で、あくまで「速くする手段が制度として用意されている」と理解してください。
Q. 人事評価の方法や、採用のノウハウそのものは特許になりますか?
A. 純粋な人為的取決めや精神活動それ自体は「自然法則を利用した技術的思想」に当たらず、特許の対象外とされます。一方で、コンピュータを使って情報を処理する仕組みとして構成されていれば対象になり得ます。本記事の5件がいずれも「システム」「装置」「プログラム」として権利化されているのはそのためです。ノウハウをどう技術的な構成に翻訳するかが、この分野の要になります。
Q. 市販の勤怠管理システムを導入するだけでも、特許侵害になりますか?
A. 正規に提供されている製品・サービスをそのまま使う場合、通常は提供元が権利関係を整理しています。注意が必要なのは、自社で人事システムを内製する場合や、複数のツールを組み合わせて独自の運用フローを構築する場合です。本記事の特許はいずれも「システム」として権利が立てられており、製品を買ったかどうかとは別に検討が必要になります。
Q. 似た機能を自社サービスに実装すると、侵害になりますか?
A. 似ているだけでは侵害になりません。特許権の効力は、請求項に書かれた構成要件をすべて満たす実施にのみ及びます。たとえば特許第6606651号は「業務システムの利用履歴の取得」「業務該当性の判定による労働時間の推定」に加えて「従業者からの修正を受け付けて推定を修正する」ことまでを要件としており、本人修正の仕組みを持たないシステムは原則としてこの請求項を充足しません。1つでも欠ければ、その請求項の侵害にはなりません。
Q. 「前置審査」とは何ですか?
A. 拒絶査定を受けた出願人が、拒絶査定不服審判を請求すると同時に補正をした場合に、審判官の審理に先立ってもう一度その出願を審査官が審査する手続です。公報の書誌に【前置審査】と記載があれば、その特許は一度拒絶査定を受けていることが分かります。本記事ではラクロー・ディップの2件が該当します。拒絶されても、補正と主張で登録に至る道があるという実例です。
Q. 「B1」の特許とは何ですか?
A. 公開公報が発行される前に登録された特許を指します。日本の出願は原則1年6か月後に公開されますが、審査がそれより速く進むとこの形になります。登録後の権利としての効力は通常の特許(B2)と同じです。本記事では5件中3件がB1です。公開公報の監視だけでは察知できないため、競合の動向を追うなら登録公報まで確認する必要があります。
まとめ
HRテックの特許を5件、請求項の原文まで読みました。守られていたのはAIの賢さではなく、採用から退勤までのあいだで、現場が必ず詰まる一点でした。退勤打刻とPCの電源のズレ。ログから労働時間を推定したときの誤り。キャンセル時の休業手当の計算。膨大に出てくるレジュメの指摘。
そして最も示唆的だったのは、「打刻したらPCを落とす」と「打刻そのものをやめる」という正反対の解が、どちらも特許になっていることです。特許は課題ではなく解決手段に与えられます。同じ悩みでも、解き方が違えば道は残る——「先行例があるから無理だろう」と諦める前に、自社の解き方が本当に同じかを確かめてほしいと思います。
人事・労務のシステムに取り組む方は、攻め(自社の段取りの権利化)・守り(導入システムのクリアランス)・区別(特許と法令適合は別)の3つを、プロダクト計画に組み込んでいただければと思います。
知的財産事務所エボリクスへのご相談
エボリクス(evorix.jp)では、HR SaaS・人事労務システムを含むソフトウェア分野の特許出願と、他社特許のクリアランス調査を承っております。「この運用の仕組みは権利にできるか」「新機能のリリースに権利を間に合わせたい」「拒絶理由通知が来たがどう応答すべきか」といったご相談に、開発スケジュールを踏まえて対応いたします。まずはお問い合わせフォームより、ご相談の流れとあわせてお気軽にどうぞ。
・飲食・店舗テックの特許|皿を数える・注文が消える・レジに並ばない仕組み
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・特許の例とは?身近なアプリ・サービスに実在する特許を弁理士が解説
本記事の注意事項:本記事は2026年8月時点の公開特許情報(特許庁J-PlatPat)に基づく一般的な解説です。引用した請求項は公報の記載に基づきますが、一部は紙幅の都合により抜粋であり、権利範囲は最終的に公報の正本と出願経過により定まります。権利の存続状況は特許料の納付状況等により変動します。公報にはサービス名の記載がないため、特定の製品・サービスに当該技術が使われているかを断定するものではありません(会社名は公報記載の特許権者名です)。本記事の説明は理解を助けるための要約であり、権利範囲を画定するものではありません。労働基準法その他の労働法規、個人情報保護法への適合性について本記事は何ら判断を示すものではなく、実施にあたっては社会保険労務士・弁護士等の専門家による別途の検討が必要です。侵害の成否について本記事は何ら断定するものではなく、個別事案の結論を保証するものでもありません。
出典
- 特許第7393247号/第6606651号/第7623661号/第7720152号/第7792042号 各特許公報(J-PlatPatにて特許番号で照会・書誌および特許請求の範囲・経過情報)
- J-PlatPat(特許情報プラットフォーム・独立行政法人工業所有権情報・研修館):https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
- 特許庁「特許出願の早期審査・早期審理について」:https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/soki/index.html
- 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/index.html
AUTHOR / 執筆者
杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)
知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士
特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。