はじめに...
弁理士監修:IoT関連技術の特許取得を徹底解説 - 審査基準から事例まで
- はじめに
- IoT関連技術の定義
- 特許審査基準(発明該当性、データに関する規定、新規性・進歩性)
- 具体的な審査事例の解説
- 効果的な特許出願戦略
- まとめとお問い合わせ
はじめに
近年、IoT(Internet of Things)技術は急速に進化し、様々な産業分野で革新的なソリューションを生み出しています。センサーデバイスからクラウドまで、あらゆるモノがネットワークで接続される時代において、IoT関連技術の特許取得は、企業の競争力を高める重要な戦略となっています。
しかし、IoT技術の特許出願には、従来の技術分野とは異なる考慮点があり、特許庁の審査基準を理解した上で適切な出願戦略を立てることが必要です。本記事では、特許庁が公表している「IoT関連技術の審査基準」を基に、IoT技術の特許取得に必要な知識を解説します。
IoT関連技術とは何か
IoT(Internet of Things)関連技術とは、"「モノ」がネットワークと接続されることで得られる情報を活用し、新たな価値・サービスを見いだす技術"を指します。これは単なるデバイスの接続にとどまらず、データの取得・管理・分析・活用という一連のプロセスを含む包括的な技術領域です。
IoT技術を「データ」の観点から見ると、次の4つの段階に分けられます:
- データの取得: センサーなどを用いて「モノ」から各種データを収集
- データの管理: ネットワークを通じて収集したデータを適切に管理
- データの分析・学習: AIなどを活用して大量のデータを分析・学習
- データの利活用: 新たな価値・サービスの創出
このような技術革新により、第四次産業革命の実現が期待されています。IoT技術と人工知能(AI)、そして3Dプリンティング技術などが融合することで、産業構造そのものを変革する可能性を秘めているのです。
IoT関連技術の特許審査基準
IoT関連技術の特許出願においては、特許庁の「特許・実用新案審査基準」および「特許・実用新案審査ハンドブック」が適用されます。特に注目すべき点は、以下の審査基準です。
1. 発明該当性の判断
IoT関連技術は、コンピュータソフトウェアを必要とすることが多いため、発明該当性の判断が重要になります。特許法上の「発明」と認められるためには、「自然法則を利用した技術的思想の創作」である必要があります。
IoT関連技術の発明該当性の判断においては、以下のポイントが重要です:
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ソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源を用いて具体的に実現されているか
- ソフトウェアとハードウェア資源が協働して、使用目的に応じた特有の情報処理装置やその動作方法が構築されている場合、発明該当性の要件を満たします。
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機器等に対する制御や制御に伴う処理を具体的に行うものか
- エンジン制御などの具体的な制御を行うものは、発明該当性の要件を満たします。
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対象の技術的性質に基づく情報処理を具体的に行うものか
- 画像処理などの技術的性質に基づく情報処理は、発明該当性の要件を満たします。
一方で、「情報の単なる提示」や「人為的な取決め」、「自然法則に反するもの」などは、発明に該当しません。
2. データに関する発明該当性
IoT関連技術ではデータの取り扱いが重要であるため、データ自体の発明該当性も問題になります。
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情報の単なる提示:データそのものが情報の単なる提示に該当する場合は、発明には該当しません。
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構造を有するデータ及びデータ構造:データのうち「構造を有するデータ」および「データ構造」については、「プログラムに準ずるもの」に該当し得ます。これらは、データの有する構造がコンピュータの処理を規定するという点でプログラムに類似する性質を持つ場合、発明に該当する可能性があります。
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学習済みモデル:学習済みモデルが「プログラム」であることが明確な場合は、「プログラム」として扱われます。
3. 新規性・進歩性の判断
IoT関連技術の新規性・進歩性の判断は、基本的に他の技術分野と同様に行われますが、以下の点に特に注意が必要です。
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サブコンビネーションの発明:IoT関連技術は、通常、複数の装置や端末がネットワークで接続されたシステムで実現されます。そのため、システムの一部をサブコンビネーションの発明として特許出願することが多くあります。この場合、「他のサブコンビネーション」に関する事項が、当該サブコンビネーションの発明の構造や機能をどのように特定しているかを適切に把握することが重要です。
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進歩性の判断:IoT関連技術の進歩性判断では、「モノ」がネットワークと接続されることで得られる情報の活用、特定の学習済みモデルから得られる特有の出力情報、または特定の構造を有するデータによって規定される特有の情報処理による有利な効果が認められる場合があります。このような効果は、進歩性の判断において考慮されます。
IoT関連技術の特許審査事例
特許庁は、IoT関連技術の特許審査の理解を深めるため、多くの審査事例を公表しています。ここでは、代表的な事例をいくつか紹介します。
事例1: 電気炊飯器の動作方法(発明該当性あり)
この事例では、外部サーバから複数ユーザの炊き方の好み、帰宅時間、内食の有無に関する情報を受信し、これらの情報に基づいて炊飯の開始時間を設定し、最適化した炊き方で炊飯を実行する電気炊飯器の動作方法が、発明に該当すると判断されています。
この方法は、機器である電気炊飯器が炊飯を実行するための制御または制御に伴う処理を具体的に行うものであり、全体として自然法則を利用した技術的思想の創作であるためです。
事例2: 無人走行車の配車システム(発明該当性の比較)
この事例では、二つの無人走行車の配車システムが比較されています。
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発明該当性あり:顔認証を用いて配車希望者を特定し、無人走行車の利用を許可するシステム。この発明は、無人走行車の配車という使用目的に応じた特有の演算または加工が、ソフトウェアとハードウェア資源の協働によって実現されていると判断されました。
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発明該当性なし:単に配車サーバが配車希望者から配車依頼を受け付けると無人走行車を配車するシステム。この発明は、使用目的に応じた特有の情報の演算または加工を実現するための具体的手段や手順が記載されておらず、ソフトウェアとハードウェア資源の協働による特有の情報処理システムを構築するものではないと判断されました。
事例3: ロボット装置(新規性の判断)
この事例は、サブコンビネーションの発明における新規性の判断を示しています。ロボット装置と、当該ロボット装置がネットワークを介して接続されるサーバとの組み合わせのうち、ロボット装置についての発明です。
「サーバにより特定された物体個々の属性情報及び固有識別情報」を含む回答情報に基づいてロボット装置の作動を制御する場合は、ロボット装置のプログラム自体の相違をもたらすため、新規性ありと判断されています。
一方、「サーバによりネットワークを通じて物体の生産施設から受信した情報に基づいて特定された物体の種類に関する情報」を含む回答情報の場合は、ロボット装置の構造や機能を何ら特定するものではないため、新規性なしと判断されています。
事例4: 豪雨地点特定システム(進歩性あり)
この事例では、複数の車両のワイパー動作から豪雨地点を特定するシステムの進歩性が認められています。
従来の故障検知システムを、豪雨地点特定システムに応用することについて、技術分野、課題、作用・機能の共通性がないため、動機付けがないと判断されました。このように、IoT関連技術の進歩性判断では、異なる技術分野の組み合わせの動機付けが重要なポイントとなります。
事例5: データに関する事例
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リンゴの糖度データ(発明該当性なし):単なるリンゴの糖度データは、情報の提示に技術的特徴を有しておらず、情報の内容にのみ特徴を有するため、発明に該当しないと判断されています。
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木構造を有するエリア管理データ(発明該当性あり):特定の木構造を持つデータで、検索キーとして入力された現在位置情報を包含する配信エリアの特定を可能とするものは、データの構造がコンピュータによる情報処理を規定するという点でプログラムに類似する性質を持つため、発明に該当すると判断されています。
IoT関連技術の特許出願戦略
IoT関連技術の特許を効果的に取得するためには、以下のような戦略が重要です。
1. 発明の適切な把握と請求項の作成
IoT関連技術は、「データの取得」「データの管理」「データの分析・学習」「データの利活用」という一連のプロセスを含むため、発明のどの側面を保護するかを明確にすることが重要です。
例えば、センサーデバイス自体の改良なのか、データ管理の方法なのか、AIによる分析手法なのか、あるいはそれらを組み合わせたシステム全体なのかを明確にし、適切な請求項を作成することが必要です。
2. サブコンビネーションの発明の適切な特定
IoTシステムの一部をサブコンビネーションの発明として出願する場合、「他のサブコンビネーション」に関する事項が、発明の構造や機能をどのように特定しているかを明確にすることが重要です。特に、他のサブコンビネーションとの関係性や、データのやり取りの内容などを具体的に記載することで、新規性・進歩性の判断において有利になる可能性があります。
3. データ構造や学習済みモデルの保護
IoT関連技術では、データ構造や学習済みモデルが重要な価値を持つことがあります。これらが「プログラムに準ずるもの」として発明に該当する可能性がある場合は、その技術的特徴を適切に記載することが重要です。
特に、データ構造がコンピュータの処理をどのように規定しているか、学習済みモデルがどのような機能を実現しているかを明確に説明することで、発明該当性の要件を満たす可能性が高まります。
4. 早期審査・スーパー早期審査の活用
IoT関連技術は急速に進化する分野であるため、早期に権利化を図ることが重要です。特許庁の早期審査制度やスーパー早期審査制度を活用することで、通常の審査より早く特許査定を得ることができます。
特に、実施関連出願や外国関連出願、中小企業等の特許出願は、早期審査の対象となります。また、環境に優しいグリーン技術に関する発明については、グリーン早期審査制度も利用可能です。
5. 国際的な保護の検討
IoT関連技術は国境を越えて活用されることが多いため、国際的な保護も重要です。PCT(特許協力条約)出願を活用することで、一つの出願で全てのPCT加盟国(152カ国以上)での出願日を確保できます。
PCT出願には、国際調査報告・見解書により特許性に関する審査官の見解が分かる、国内段階への移行まで30ヶ月の猶予がある、自国の言語で出願できるなどのメリットがあります。
まとめ
IoT関連技術の特許取得には、その特殊性を理解した上での適切な出願戦略が必要です。発明該当性、新規性・進歩性の判断基準を正しく理解し、発明の価値を最大限に保護できる請求項を作成することが重要です。
また、技術の進化が速い分野であるため、早期審査制度やPCT出願を活用して、迅速かつ広範囲な権利取得を目指すことも検討すべきでしょう。
IoT関連技術は今後もさらなる発展が見込まれる分野です。競争力のある技術を開発した際には、適切な特許戦略のもと、確実に権利化を図ることをお勧めします。
お問い合わせ
IoT関連技術の特許出願についてご不明点がございましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。実績豊富な弁理士が、最適な特許戦略をご提案いたします。
【免責事項】 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別具体的な案件についての法的アドバイスを構成するものではありません。具体的な特許出願については、専門家にご相談ください。
【参考文献】
- 特許庁「IoT関連技術の審査基準等について」
- 特許庁「特許・実用新案審査基準」
- 特許庁「特許・実用新案審査ハンドブック」
- 特許庁「PCT国際調査及び予備審査ハンドブック」