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Sakana AIに「特許」はあるのか?──出願ゼロの調査結果から読み解くAIスタートアップの知財戦略【弁理士解説】
リード:世界的AIスタートアップに「特許出願が見つからない」という事実
結論から述べます。2026年7月時点の当所調査(Google Patentsの出願人検索、gBizINFO=特許庁データ連携による確認、第三者調査記事との照合)では、Sakana AI株式会社(東京都港区、2023年設立)を出願人とする特許公報・公開公報は、日本・外国とも1件も確認できませんでした。進化的モデルマージやAI Scientistといった同社の看板技術についても、同社名義の特許出願公開は見つかっていません。
一方で商標は対照的です。「SAKANA AI」「THE AI SCIENTIST」等を積極的に取得しており、patent-i.comの集計では14件、gBizINFO上の表記では5件が確認できます(集計時点・集計範囲の差異によるもので、両データを併記します)。
「特許ゼロ」は無防備なのか、それとも合理的な知財戦略なのか。本記事では、AI企業の経営層と知財実務者の双方に向けて、公開情報のみを根拠に中立・事実ベースで分析します。自社が特許・論文・OSS・営業秘密・商標をどう組み合わせるかを検討する際の材料となるよう構成しています。
目次
第1章 調査の方法と限界──「ないことの確認」はどこまで言えるか
「存在しないこと」の確認は、「存在すること」の確認より難しいものです。本調査では次の手順を踏みました。(1) Google Patentsで出願人「Sakana AI」「サカナAI」等の複数表記を検索し0件を確認、(2) 政府のgBizINFO(法人番号6010401175698、特許庁データ連携)で「特許0件・意匠0件」を確認、(3) Toreru Media記事(2025年6月1日基準日)が独立にJ-PlatPatで国内出願0件を確認しており、結果が整合しました。
同名・類似名出願人の排除
J-PlatPatの出願人名検索では「Sakana」を含む外国文献が62件ヒットしますが(Toreru Media・2025年6月1日基準の調査)、いずれもSakana AI設立(2023年)以前の出願で同社とは無関係です。Google Patentsの「sakana」検索でも、魚流通・養魚餌料関連企業等の無関係な公報のみがヒットしました。出願人名検索では、こうした偶然の一致を1件ずつ排除する作業が不可欠です。
調査の限界:特許出願は原則として出願から18か月間公開されず、米国仮出願はそもそも公開されません。したがって「公開公報が見つからない」ことは「出願が存在しない」ことの証明にはなりません。2025年以降の未公開出願が存在する可能性は排除できない点に留意が必要です。
実務Tips:競合ウォッチングの基本は、J-PlatPat・PATENTSCOPE・Espacenet・Google Patentsでの出願人名の定期的な再検索です。英字・カナ・法人格の有無など表記揺れを含めて検索式を保存し、四半期ごとに回すのが実務的です。
第2章 【調査コラム】「Sakana AI」に関連してヒットする第三者公報4件──いずれも同社の出願ではありません
特許検索でSakana AIの名称や技術に関連してヒットする公報を、当所で1件ずつ公報原文にあたって検証しました。以下の4件はいずれも実在しますが、すべて第三者の出願であり、Sakana AIの特許ではありません。①②はAI関連発明の登録例として本記事第4章で参照する比較素材、③④はSakana AIの公開技術を明細書中で引用している第三者出願です。
| 公報番号 | 実際の出願人 | Sakana AIとの関係 |
|---|---|---|
| 特許第6546618号 | 株式会社Preferred Networks | Sakana AIとは無関係。「学習済みモデル」を請求項に含む登録特許(2017年出願・有効)。AI特許の比較例として第4章で参照 |
| 特許第7378003号 | GMOペパボ株式会社 | Sakana AIとは無関係。請求項に「大規模言語モデル」を含むLLM活用発明の国内登録例(有効) |
| US 2026/0087254 A1/KR 10-2026-0043000 | Samsung SDS Co., Ltd. | 背景技術に「the genetic algorithm (GA) proposed by sakana AI」と逐語記載(US公報原文で確認)。先行技術として引用されているのみ |
| WO2026/094025A1 | 個人(David Ng) | Sakana AIの進化的モデルマージを先行技術として引用する第三者PCT出願 |
③④は、Sakana AIの公開技術が他社出願の明細書中で先行技術として引用されている事例です。名称や技術での検索にヒットしても本人の出願とは限らない、という教訓でもあります。そして重要なのは、同一技術分野で第三者の出願が現に動いているという事実です。「自社が出願しない」という選択は、「他社の出願環境」とセットで評価する必要があります。
第3章 特許ゼロ・商標多数──知財ポートフォリオを事実ベースで読む
公開情報から観察できるSakana AIの知財活動は、次の3本柱に整理できます。(1) 論文発表:進化的モデルマージ論文はarXiv公開後にNature Machine Intelligence誌に掲載され、AI Scientist関連の成果もNature誌に掲載、(2) OSS公開:GitHub上でApache License 2.0を中心にコードを公開、(3) 商標によるブランド保護:「SAKANA AI」「THE AI SCIENTIST」等を登録済みです(直近の登録は登録第6879138号・2024年12月20日登録)。
注目すべきは「オープン&クローズ」の使い分けです。Toreru Mediaの分析によれば、同社はソフトウェアをApache 2.0で広く公開する一方、EvoSDXL-JP等の一部モデルは研究目的限定・商用利用不可のライセンスで配布しています。特許権ではなく契約・ライセンスで商用利用をコントロールする設計とみられます。
Apache 2.0の特許報復条項:Apache License 2.0には、ライセンシーが当該ソフトウェアに関する特許訴訟を提起すると特許ライセンスが終了する条項があります。OSSを広く使わせること自体が、利用者からの特許攻撃に対する事実上の抑止力として機能し得る仕組みです。
なお、同記事はディープテック系スタートアップの平均出願数(約5件)と比較して出願0件は異例だと指摘しています。ただし「異例=誤り」ではありません。2026年3月には三菱電機を引受先とする資金調達が報じられており、製造業との提携が深まる局面では出願方針が見直される可能性もあります。また、論文・OSS公開には自社技術を公知化して第三者の後行特許を牽制する「防衛的公開」の副次効果がある一方、自社も独占権を持てないというトレードオフがあることは明記しておくべきでしょう。
第4章 実務解説:何を特許にし、何を公開し、何を秘匿すべきか
AI関連発明は特許になるのか
AI関連発明は、特許法上の「発明」(2条1項)に該当する限り、ソフトウェア関連発明として保護され得ます。特許庁の審査基準・AI関連発明の審査事例では、学習方法、学習用データの前処理、モデル構造、推論結果の応用などの類型が整理されています。前掲のPreferred Networksの特許第6546618号は「学習済みモデル」自体をプログラムに準ずる形でクレームした登録例であり、GMOペパボの特許第7378003号のように「大規模言語モデル」を請求項に含むLLM応用発明の登録例も現に存在します。AI分野で特許が取れないわけではないのです。
特許・営業秘密・防衛的公開の使い分け
使い分けの基準は、(1) リバースエンジニアリング可能性(モデル出力やAPIの外形から技術を検知できるか)、(2) 技術のライフサイクルの長さ、(3) 侵害立証の難易度です。外部から検知できない学習データの構成やハイパーパラメータ等は、営業秘密(不正競争防止法2条6項)としての管理に向く一方、製品の外形に現れる処理は特許向きといえます。
実務Tips(公開と出願の順序):論文・OSSでの公開は自らの発明の新規性を失わせます。新規性喪失の例外(特許法30条)は公開から1年以内に限られ、外国では救済されない場合もあります。「出願してから公開」が原則であり、「公開してから出願」は最後の手段と考えてください。
また、前掲のSamsung SDSやWO2026/094025A1のように自社の公開技術を引用・前提とする第三者出願が現れる場合や、公開技術の周辺を他社が出願してくる場合に備え、(1) 審査中の他社出願への情報提供、(2) 登録後の異議申立て・無効審判、(3) 自社実施の証拠保全による先使用権(特許法79条)の確保、をチェックリスト化しておくことをおすすめします。
第5章 考察:「特許を取らない」という選択の条件
特許非依存モデルが相対的に合理性を持ち得るのは、(1) 競争優位の源泉が実行速度・人材・データ・ブランドにある、(2) 技術の陳腐化が速く20年の独占権と時間軸が合わない、(3) OSSコミュニティの支持自体が参入障壁になる──といった条件に当てはまる場合です。逆に、大企業との共同開発や資金調達時のデューデリジェンス、クロスライセンス交渉、M&A・IPO時の資産評価といった局面では、特許の有無が交渉力・評価額に直結します。製造業との提携が深まる企業ほど、出願方針は再考され得るでしょう。
また、プロダクト名・研究プロジェクト名の商標登録は、模倣サービス対策として比較的即効性が高く、費用対効果に優れることが多い手段です。商標先行という順序自体は、スタートアップの知財投資として実務的に理解しやすい選択です。
自社の知財ミックスを見直す5つの問い
①その技術に独占が必要か ②秘匿し続けられるか(外部から検知されるか) ③公開することの広報・採用上の価値は大きいか ④同分野で他社出願の脅威はどの程度か ⑤出口戦略(提携・M&A・IPO)で知財資産が問われるか
まとめ
①Sakana AI名義の特許公報は2026年7月時点で日本・外国とも0件でした(ただし未公開出願の可能性は残ります)。②同社には商標・論文・OSSライセンスを組み合わせた知財ミックスが観察されます。③「特許を取らない」戦略は条件次第で成立し得ますが、自社に当てはめる際は個別の検討が必須です。
なお、出願する場合には「いつ公開されるか」「権利範囲をどう育てるか」まで設計することが重要です。この点は、ゲーム特許に学ぶ分割出願戦略で詳しく解説しています。
AI関連発明の出願可否判断、営業秘密管理体制の整備、OSSライセンスと特許の整合性チェックなど、AIスタートアップの知財戦略についてご検討中の方は、当所の無料相談フォームよりお気軽にご相談ください。
※本記事は2026年7月時点の公開情報に基づく分析であり、特定企業の戦略の当否を評価するものではありません。未公開出願が将来公開される可能性があるため、本記事は定期的に再調査のうえ更新する方針です。個別の案件については専門家にご相談ください。