リード:ソフトウェア・システム特許の費用は「特許庁費用」と「弁理士費用」の二本立て...
国際特許とは?「世界で1つの特許」が存在しない理由と、PCT国際出願の仕組み・費用・30か月期限を弁理士が解説
「国際特許を取りたい」——海外展開を考える経営者や開発者の方から、私たち弁理士が最もよくいただくご相談の一つです。そして、この相談には最初にお伝えしなければならないことがあります。
「国際特許」という一つの権利は、世界のどこにも存在しません。1回の手続で世界中に効力が及ぶ特許権は、どの条約にも、どの国の法律にも用意されていないのです。
では、ニュースなどで目にする「国際特許出願」とは何なのか。それは、PCT(特許協力条約)に基づく「出願」の手続です。権利そのものではなく、159か国への出願日を1通の書類で確保する仕組み——ここを正確に理解すると、海外での特許戦略の組み立て方が大きく変わります。
本記事では、「国際特許」という言葉のよくある誤解を出発点に、PCT国際出願の仕組み・費用・30か月期限・パリルートとの使い分けを、特許庁とWIPO(世界知的所有権機関)の一次資料に基づいて弁理士が解説します。
目次
「国際特許」という権利が存在しない理由
特許権は、国ごとに成立する権利です。日本の特許権は日本国内でだけ効力を持ち、米国では米国の、中国では中国の特許権が、それぞれの国の法律に基づいて別々に付与されます。これを属地主義と呼びます。
ある発明に特許を与えるかどうかの判断は、各国の特許庁が、各国の特許法に基づいて行います。日本で特許になった発明が、米国でも自動的に特許になるわけではありません。したがって、海外で発明を守りたければ、守りたい国の一つひとつで権利を取る必要があります。
「世界特許」「国際特許」という言葉がしばしば使われますが、1回の手続で全世界に効力が及ぶ単一の特許権は存在しません。存在するのは、各国での権利取得を効率化するための国際的な「出願」の仕組みです。その代表がPCT国際出願です。
実務Tips(表記にもご注意):自社サイトやプレスリリースで「国際特許取得」と書いてしまう例を見かけますが、正確には「PCT国際出願を行った」「◯か国で特許を取得した」です。特に「PCT出願中」は権利化前の状態であり、「特許取得」と書くと誤認を招きます。広告表現としても、事実と異なる印象を与える表記は避けるべきです。
存在するのは「世界共通の出願日」——PCT国際出願とは
PCT(Patent Cooperation Treaty=特許協力条約)に基づく国際出願は、特許庁の解説によれば、「ひとつの出願願書を条約に従って提出することによって、PCT加盟国であるすべての国に同時に出願したことと同じ効果を与える出願制度」です。
締約国は159か国に及びます(2026年8月時点でWIPOの締約国リストを確認。直近ではバハマが2026年5月19日に加盟の効力を生じています)。日本の出願人であれば、日本特許庁に対して日本語または英語で作成した願書を1通提出すれば、その国際出願日が、159か国すべてにおける「国内出願」の出願日になります。
なぜ出願日がそれほど重要なのか。特許は先願主義——同じ発明なら先に出願した者が勝つ世界だからです。すべての国に同じ日に、異なる言語で別々の願書を出すことは現実には不可能ですが、PCTを使えば、1通の願書で世界中の出願日を同日に固定できます。PCTが与えてくれるのは「世界共通の権利」ではなく「世界共通の出願日」——これがこの制度の本質です。
ここまでの整理:PCT国際出願は「出願」の手続であって、特許を付与するかどうかの判断は、最終的に各国特許庁の実体審査に委ねられます。出願後、権利を取りたい国を選んで各国の手続に乗せる「国内移行」を行い、そこから先は各国の国内法令で処理されます。つまりPCTは、入口を1つにまとめ、出口(権利化)は国ごとという構造です。
パリルートとの違い——12か月か、30か月か
海外出願にはPCTのほかにもう一つ、パリルート(直接出願)という道があります。パリ条約の優先権を使い、日本出願から12か月以内に各国へ直接出願する方法です。両者の違いを整理します。
| 項目 | PCTルート | パリルート(直接出願) |
|---|---|---|
| 各国手続の期限 | 優先日から30か月(国内移行) | 優先日から12か月(各国出願) |
| 対象国の決め方 | 後から絞り込める(159か国が候補のまま) | 12か月以内に確定が必要 |
| 追加でかかる費用 | 国際段階の費用(後述・目安36.5万円) | 国際段階なし(その分安くなりやすい) |
| 特許性の事前情報 | 国際調査報告+審査官の見解が全件もらえる | 各国の審査まで分からない |
| 向いている場面 | 行く国をまだ決めきれない/事業の立ち上がりを見てから判断したい | 行く国が1〜2か国に確定している/早く各国審査に入りたい |
最大の違いは時間です。パリルートでは12か月で行き先を決めなければなりませんが、PCTなら30か月まで判断を先送りできます。この18か月の差は、市場の反応や資金調達の進み具合を見てから翻訳費・現地費用という大きな支出を決められることを意味します。パリルートの詳細はパリルート(直接出願)の解説記事をご覧ください。
注意:台湾はPCTでは行けません。台湾はPCTの締約国ではないため、PCT経由の国内移行ができません。台湾で権利が必要な場合は、優先日から12か月以内にパリ条約の優先権を使って直接出願する必要があります(詳しくは台湾特許制度の実務ガイド)。「PCTに出したから世界中カバーできている」と思い込むのは危険です。
手続の流れ——国際調査・国際公開・国内移行
PCT国際出願の手続は、大きく「国際段階」と「国内段階」に分かれます。時系列で追うと次のようになります。
| 時期(優先日起算) | 手続 | 内容 |
|---|---|---|
| 0か月 | 基礎出願(通常は日本出願) | この日が「優先日」となり、以後の期限の起算点になる |
| 〜12か月 | PCT国際出願 | 優先権を主張して日本特許庁(受理官庁)へ。日本語または英語で1通 |
| 出願後 | 国際調査 | すべての国際出願に対して実施。類似する先行技術の調査結果(国際調査報告)と、新規性・進歩性等についての審査官の見解が出願人に提供される |
| 18か月 | 国際公開 | 出願内容がWIPOから公開される |
| 希望する場合 | 国際予備審査 | 特許要件について予備的な審査を受けられる(各国が行う特許付与のための審査ではない) |
| 〜30か月 | 国内移行 | 権利を取りたい国ごとに、その国が認める言語の翻訳文を提出し、必要な手数料を納付 |
| 移行後 | 各国での実体審査 | 各国特許庁が各国の法律で審査。特許になるかどうかはここで国ごとに決まる |
実務上とくに価値が大きいのが国際調査です。すべての国際出願について、先行技術の調査結果に加えて、発明が新規性・進歩性などの要件を備えているかについての審査官の見解が作成され、出願人に提供されます。つまり、各国で翻訳費・現地代理人費という大きな支出をする前に、発明の「勝ち筋」を客観的な資料で確認できるのです。
見解が否定的だった場合の動き方も含めて、この仕組みは「厳選」のための道具です。特許庁の解説にも「特許取得の可能性を精査し、緻密に厳選した国においてのみ手続を係属させ、コストの効率化、適正化が可能となります」とあります。見解を読んでクレームを補正してから国内移行する、市場性の低い国への移行を見送る、場合によっては移行せず取り下げる——30か月の間に取れる選択肢は豊富です。
費用の全体像——国際段階は約36.5万円、本体は国内段階
費用は「国際段階」と「国内段階」の2階建てで考えます。まず国際段階の特許庁関係手数料です(日本語・オンライン出願・明細書等30枚以内・日本特許庁が国際調査機関の場合。2026年5月1日以降の国際出願日に適用される額)。
| 費目 | 金額 |
|---|---|
| 送付手数料 | 17,000円 |
| 国際出願手数料(用紙30枚まで) | 264,900円 |
| オンライン出願による減額 | ▲59,800円 |
| 調査手数料(国際調査機関=日本特許庁・日本語) | 143,000円 |
| 国際段階の合計(目安) | 365,100円(軽減前) |
この国際段階の手数料には軽減措置があります。中小企業は2分の1、中小スタートアップ企業・小規模企業は3分の1に軽減されます(願書と同時の申請が必要です)。また、INPITの外国出願補助金(補助率2分の1、特許は1出願あたり上限150万円)の対象になれば、負担はさらに変わります(→INPIT外国出願補助金の解説記事)。
そして重要なのは、海外費用の本体は国際段階ではなく国内段階だということです。国内移行のたびに、(a)その国の特許庁費用、(b)現地代理人費用、(c)翻訳費用がかかります。金額は国・言語・明細書の分量によって大きく変わるため、移行予定国が見えた段階で個別に見積もるのが現実的です。明細書の分量が費用に効いてくる構造はソフトウェア・システム特許の出願費用の解説で詳しく扱っています。
実務Tips(PCTの費用は「保険料」として捉える):約36.5万円の国際段階費用は、「翻訳費・現地費用という桁の大きい支出を、事業の見通しが立つまで最大30か月繰り延べる」ための費用と捉えると判断しやすくなります。行き先が1〜2か国に確定しているならこの保険料は不要(パリルートが合理的)、5か国・10か国が候補で絞り込みたいなら十分に元が取れる——という整理です。
30か月期限の実務——過ぎたら戻れない
PCTの実務で最も怖いのが、国内移行期限の徒過です。優先日から30か月(欧州特許庁など31か月の国・地域もあります。→欧州特許制度の実務ガイド)の期限までに翻訳文の提出と手数料の納付を行わなかった国では、原則としてその出願に基づく権利化の道が閉ざされます。
「資金調達が完了してから移行しよう」と考えているうちに30か月が過ぎてしまった——という失敗は、実際に起きています。当ブログの知財トラブル失敗事例集でも、PCT出願で選択肢を確保したつもりが、国内移行の資金手当てを後回しにした結果、期限を徒過してしまった事例を紹介しています。
押さえておきたいのは、30か月は「何もしなくても維持される猶予」ではなく「その日までに翻訳とお金を用意する締切」だという感覚です。翻訳には相応の期間がかかるため、実務では期限の数か月前から移行国の確定と翻訳の手配を始めます。資金計画と知財のスケジュールを別々に管理していると、この連携が漏れます。
PCTを選ぶべき場合、パリルートを選ぶべき場合
最後に、ルート選択の判断基準を整理します。
PCTが向いているケース
・進出国がまだ確定していない、または候補が3か国以上ある
・事業の立ち上がりや資金調達の結果を見てから、翻訳費・現地費用の支出を決めたい
・国際調査報告と見解書で発明の評価を確かめてから、国ごとの投資判断をしたい
・スタートアップで、投資家向けに「主要国での権利化の選択肢を確保している」状態を作りたい(→資金調達と特許の解説記事)
パリルートが向いているケース
・行く国が1〜2か国に確定している(国際段階費用の分だけ総額が安くなりやすい)
・一日でも早く各国の審査に入りたい(PCTの30か月を待つ理由がない)
・台湾など、PCT非加盟の国・地域で権利が必要(この場合はそもそもパリルートしかありません)
実際には「米国と中国はパリルートで先に出し、その他の候補国はPCTでキープする」といった併用も可能です。どの組み合わせが最適かは、事業計画・予算・発明の性質によって変わるため、基礎出願の段階——遅くとも優先日から12か月の期限より前——に方針を決めておくことをおすすめします。
よくある質問
Q. 「国際特許」を取ることはできますか?
1回の手続で全世界に効力が及ぶ単一の特許権は存在しません。特許権は国ごとに成立し、特許を付与するかどうかは各国特許庁の審査で決まります。一般に「国際特許出願」と呼ばれているのは、PCT(特許協力条約)に基づく出願手続のことで、159か国への出願日を1通の願書で確保する仕組みです。権利化は、その後の国内移行と各国での審査を経て、国ごとに実現します。
Q. PCT出願をすれば、その内容で必ず各国の特許が取れますか?
取れるとは限りません。PCTはあくまで「出願」の手続であり、特許として認められるかどうかは、国内移行先の各国特許庁がそれぞれの特許法に基づいて審査します。同じ発明でも、国によって結論が分かれることがあります。ただし国際調査報告と審査官の見解書が全件で提供されるため、各国審査の見通しを立てる材料は事前に得られます。
Q. 台湾でも権利を取りたいのですが、PCTでカバーできますか?
できません。台湾はPCTの締約国ではないため、PCT経由で台湾に国内移行することはできません。台湾で権利が必要な場合は、基礎出願から12か月以内にパリ条約の優先権を主張して直接出願します。進出候補に台湾が含まれる場合は、PCTと並行してパリルートの期限管理が必要になる点にご注意ください。
Q. 費用はどのくらいかかりますか?中小企業向けの軽減はありますか?
国際段階の特許庁関係手数料は、日本語・オンライン出願・30枚以内・日本特許庁が国際調査機関という代表的な条件で合計約36.5万円です(2026年5月1日以降の国際出願日に適用される額)。中小企業は2分の1、中小スタートアップ企業・小規模企業は3分の1への軽減があり、願書と同時の申請が必要です。このほかINPITの外国出願補助金(補助率2分の1)という制度もあります。なお費用の本体は国内移行後の翻訳費・現地代理人費で、これは移行する国の数と明細書の分量に比例します。
Q. 30か月の国内移行期限を過ぎてしまったらどうなりますか?
期限までに翻訳文の提出と手数料の納付を行わなかった国では、原則としてその国際出願に基づく権利化はできなくなります。一部の国には救済手続が存在しますが、要件は厳格で、認められるとは限りません。「期限を過ぎたが何とかなる」前提で計画を組むべきではなく、期限の数か月前から移行国の確定・翻訳の手配・資金の確保を進めておくのが実務の基本です。
Q. 国際調査の見解が否定的だった場合、もう諦めるしかありませんか?
諦める必要はありません。見解書は各国審査の最終結論ではなく、国内移行までの間にクレームを補正して各国審査に臨むことも、国際予備審査を請求して再評価を受けることもできます。逆に、見解を踏まえて「この内容では厳しい」と判断できれば、翻訳費・現地費用をかける前に撤退や出し直しを選べます。どちらに転んでも、大きな支出の前に判断材料が手に入ること自体がPCTの価値です。
まとめ
「国際特許」という単一の権利は存在しません。特許権は国ごとに成立し、各国の審査を経てはじめて権利になります。PCT国際出願が提供するのは、159か国への出願日を1通の願書で確保し、どの国で権利化するかの判断を優先日から30か月まで先送りできる仕組み——いわば「世界共通の出願日」と「考える時間」です。
国際段階の費用は代表的な条件で約36.5万円(軽減前)。この金額で、国際調査という客観的な評価材料を手にした上で、翻訳費・現地費用という本体の支出を国ごとに取捨選択できます。一方、行き先が1〜2か国に決まっているならパリルートのほうが速く安い。ルート選択は「どの国で、いつまでに、いくらで守るか」という事業判断そのものです。
そして、どちらのルートにも動かせない期限があります。パリルートは12か月、PCTの国内移行は30か月。海外展開の可能性が少しでもあるなら、基礎出願の段階から期限を逆算した計画を立てておくことが、選択肢を守る最も確実な方法です。
知的財産事務所エボリクスへのご相談
エボリクス(evorix.jp)では、PCT国際出願の出願手続から国内移行の期限管理・現地代理人との連携までをトータルでサポートしています。「どの国に出すべきか」「PCTとパリルートのどちらが得か」という段階のご相談も歓迎です。サービスの詳細はPCT国際特許出願サービスのご案内を、ご相談はお問い合わせフォームよりお気軽にどうぞ。
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本記事の注意事項:本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別事案の結論を保証するものではありません。記載の内容は執筆時点(2026年8月)の公開情報に基づきます。手数料の額は特許庁「国際出願関係手数料表」に基づく2026年5月1日以降の国際出願日に適用される額であり、国際出願手数料はスイスフラン建て基準の円換算額のため為替により改定されることがあります。締約国数は2026年8月にWIPOの締約国リストで確認した時点のものです。国内移行期限・救済手続の要件は国・地域により異なります。個別の事案については、別途専門家の検討が必要です。
出典
- 特許庁「PCT国際出願制度の概要」:https://www.jpo.go.jp/system/patent/pct/seido/kokusai1.html
- 特許庁「国際出願関係手数料表」(更新日2026年5月1日):https://www.jpo.go.jp/system/patent/pct/tesuryo/kokuryo.html
- WIPO「PCT Contracting States」(159か国・2026年8月確認):https://www.wipo.int/pct/en/pct_contracting_states.html
AUTHOR / 執筆者
杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)
知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士
特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。