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インド特許制度の実務ガイド|出願・Section 3独自要件・Form 27・FFLを弁理士が徹底解説

インド特許制度の実務ガイド|弁理士が徹底解説 EVORIX

インドは世界有数の成長市場であり、製造拠点・研究開発拠点としての重要性も年々高まっています。一方で、インドの特許制度(The Patents Act, 1970)は、Section 3(d)・3(k)の独自の不特許事由、実施報告義務(Form 27)、外国出願許可(FFL)など、日本にはない独自ルールが数多く存在し、日本の感覚のまま進めると思わぬ落とし穴にはまります。

本記事では、インド知財実務に精通した弁理士が、2024年特許規則改正・CRI Guidelines 2025・IPAB廃止後の最新実務までを反映し、出願戦略から権利維持まで、日本企業・実務者が押さえるべきポイントを日本制度と対比しながら徹底解説します。

本記事のレベル感:特許実務の基礎知識がある方を対象に、Section(条)・Rule(規則)・Form(様式)番号を明示し、随所で日本制度と対比します。料金・期限は改正で変動するため、実務適用前には現地代理人による最新確認を推奨します(調査時点:2026年)。

1. インド特許制度の全体像(法体系・CGPDTM・4庁体制)

インド特許制度の根拠法令は1970年特許法(The Patents Act, 1970)特許規則(The Patents Rules, 2003)です。TRIPS協定への対応として段階的に整備され、特に2005年改正で医薬・化学物質のプロダクト特許が導入されたのが大きな転換点でした。日本と同じく審査主義+審査請求制を採用しています。

特許庁(CGPDTM)と4つの管轄庁

インド特許庁はCGPDTM(Controller General of Patents, Designs and Trade Marks)が統括し、Kolkata(本部)・Delhi・Mumbai・Chennaiの4庁体制をとります。4庁とも実体審査・付与権限を持ち、管轄は出願人の住所・営業所により自動的に決まります(Rule 4)。外国出願人の場合は、インド国内の送達先住所(通常は現地代理人事務所の所在地)で受理庁が決まります。

🔄 日本との違い:日本はJPO単一庁ですが、インドは4庁体制+出願人の地理的所在で受理庁が自動決定される点が大きく異なります。

2. 特許要件とインド独自の不特許事由(Section 3(d)・3(k))

特許要件は新規性(絶対的世界新規性)・進歩性・産業上利用可能性です。進歩性(Section 2(1)(ja))は、「技術的進歩(technical advance)」または「経済的意義(economic significance)」+非自明性という、日本にない独特の定義を持ちます。

そして、インド実務で最も重要なのが不特許事由(Section 3)です。特に医薬・ソフトウェア分野では以下の2つが頻出の拒絶理由となります。

Section 3(d)|医薬のエバーグリーニング防止規定

既知物質の新規形態(塩・多形・異性体・代謝物等)は、既知の効能の有意な向上を立証しない限り特許になりません。塩・多形などの誘導体は、効能が著しく異ならない限り「同一物質」とみなされます。

重要判例

Novartis AG v. Union of India(最高裁 2013年)

抗がん剤Glivec(imatinib mesylateのβ晶形)の特許出願について、最高裁はSection 3(d)の「efficacy(効能)」を医薬では「therapeutic efficacy(治療効能)」と狭く解釈。生体内利用率(bioavailability)の向上は治療効能の向上を当然には意味しないとして拒絶を維持しました。インクリメンタルな医薬改良への高いハードルを確立した世界的判例です。

🔄 日本との違い:日本にSection 3(d)に相当する明文規定は存在しません。日本では多形・塩・新用途も新規性・進歩性を満たせば特許可能です。インドは「既知の効能の有意な向上」という追加の実体ハードルを課すため、医薬出願では効果データを明細書段階で準備することが不可欠です。

Section 3(k)|ソフトウェア・ビジネス方法

数学的方法・ビジネス方法・コンピュータプログラムそれ自体(per se)・アルゴリズムは不特許です。ただし「per se(それ自体)」のみが除外対象であり、技術的効果(technical effect)を示せばコンピュータ関連発明は特許可能と判例(Ferid Allani事件、2019年デリー高裁)で確立しています。

最新動向:CRI Guidelines 2025 インド特許庁は2025年にコンピュータ関連発明(CRI)審査ガイドラインを改訂し、2017年版を置換しました。Section 3(k)の段階的判断手法に加え、AI・機械学習・ブロックチェーン・量子コンピューティングの審査章が新設されています(最終確定版はCGPDTM公式で要確認)。

🔄 日本との違い:日本(特許法2条1項)は「プログラム」を物の発明として明文で特許対象に含めます。インドは条文上は除外を原則とし、判例・ガイドラインで技術的効果のあるものを救済する逆方向の構造です。ビジネス方法は日本では要件次第で可能ですが、インドは絶対的に不可という点が決定的に異なります。

3. 出願手続きのフローと期限(審査請求31か月の衝撃)

出願種別

種別根拠概要
仮出願 ProvisionalSection 9発明完成前でも出願日確保可。12か月以内に完全明細書提出
完全出願 CompleteSection 10クレームを含む正式明細書
PCT国内移行Rule 20優先日から31か月以内
分割出願Section 16発明の単一性違反の解消等
追加特許 Patent of additionSection 54-56主特許の改良。改良分の更新料不要(日本に相当制度なし)

出願~登録の全体フロー(2024年3月15日以降の出願)

[優先日 = T0] │ ── パリ条約出願:T0 +12か月以内 │ ── PCT国内移行 :T0 +31か月以内(Rule 20) ▼ [出願] ├──▶ [公開] 原則 T0 +18か月(Section 11A) │ └ 早期公開請求(Form 9)→ 約1か月で公開 ├──▶ [審査請求 RFE] ★T0 +31か月以内(Rule 24B) │ └ 早期審査(Form 18A, Rule 24C):要件該当者のみ ▼ [審査・FER発行(First Examination Report)] ▼ [FER応答期限] FER発行 +6か月(+3か月延長可=計9か月) │ └ ヒアリング → written submissions:15日以内 ▼ [登録・付与](Section 43) ▼ [存続期間:出願日から20年](Section 53) └ 年金:3年目分から毎年

最重要の落とし穴:審査請求31か月:2024年特許規則改正により、2024年3月15日以降の出願は審査請求(RFE)期限が従来の48か月から31か月に短縮されました(Rule 24B)。起算は「優先日または出願日のいずれか早い方」です。PCT国内移行期限(31か月)と一致するため、国内移行と同時に審査請求を提出する必要が生じるケースが大半です。

🔄 日本との違い:日本の審査請求期限は出願日から3年(36か月)です。インドは優先日基準で31か月と短く、日本の感覚でスケジューリングすると徒過リスクが高いため、期限管理を厳格に行う必要があります。

早期審査(Expedited Examination, Rule 24C)

スタートアップ・小規模事業者・女性発明者・政府機関・PCTでインドをISA/IPEA指定した出願人などが対象です。属性ベースの早期審査を認める点がインドの特徴です。

日印PPHは現在利用不可:日本(JPO)とインド(IPO)のPPH(特許審査ハイウェイ)パイロットは2019年12月に開始されましたが、2022年11月に終了し、現在は新規申請を受け付けていません。再開・後継の有無は最新の公式告知でご確認ください。

4.【最重要】日本企業が陥りやすいインド特有の3制度

ここからは、日本の弁理士・出願人が最も失敗しやすい3つの制度を解説します。いずれも日本に対応制度がなく、見落とすと特許の取消や刑事罰につながる重大な論点です。

① Section 8|対応外国出願情報の開示義務(Form 3)

インド出願人は、同一・実質同一の発明について国外で出願している「対応外国出願」の情報をForm 3で開示する義務を負います(Section 8)。2024年改正で更新タイミングは緩和されましたが(後続外国出願はFER発行から3か月以内にまとめて更新可)、義務自体は残存します。

開示漏れのリスク:Section 8違反は、付与前・付与後異議の理由になるだけでなく、特許付与後の取消事由(Section 64(1)(m))にもなります。日本企業が最も見落としやすい落とし穴の一つです。

② Form 27|特許の実施報告義務(Working Statement)

特許権者・実施権者は、インド国内での特許発明の商業的実施状況をForm 27で報告する義務を負います(Section 146)。2024年改正で「毎年」から「3財政年度に1回」に緩和されましたが、提出義務は継続しており、不提出は罰則の対象です(インドの財政年度は4月~翌3月)。

🔄 日本との違い:日本にForm 27に相当する定期実施報告義務は存在しません。インドでは強制実施権の前提情報として機能しており、定期的な期限管理が必要です。

③ 外国出願許可(Foreign Filing License / FFL, Section 39)

インド居住者は、インドで生まれた発明を国外で出願する前に、原則として外国出願許可(FFL)が必要です。国籍ではなく「居住」が基準で、(a)インドで先に出願して6週間経過するか、(b)Form 25でFFLを取得するか、いずれかが必要です。

日本企業の在インド開発拠点での重大リスク:インド居住の発明者が1名でも共同発明者に含まれると、その発明を日本で先に・単独で出願する行為がSection 39違反になり得ます。違反すると、インド特許の付与拒絶・取消(Section 40・64(1)(n))に加え、最長2年の禁錮を含む刑事罰(Section 118)のリスクがあります。

実務対策:インド人共同発明者が関与する発明は、①インドで先に出願して6週間待つ、②Form 25でFFLを取得してから他国出願する、③インドを第一国出願とする、のいずれかで対応します。米国でなされた部分を含む場合は、米国(35 U.S.C. §184)とインド双方のFFLが必要になる点にも注意が必要です。

(参考)強制実施権|Natco事件

重要判例

Natco Pharma v. Bayer(2012年|インド初の強制実施権)

抗がん剤Nexavar(sorafenib)について、インド史上初の強制実施権が裁定されました。Bayerの価格が高額(合理的価格の不充足)、国内供給不足(合理的需要の不充足)、輸入のみで国内製造をしていない(インド領域内での実施の不充足)と認定。2014年に最高裁で確定しました。「working(実施)=インド国内製造」と解する傾向を示した世界的判例です。

🔄 日本との違い:日本(83条等)にも裁定実施権制度はありますが発動例は事実上皆無です。インドは現実に発動した実績があり、特に「国内製造=実施」解釈と相まって医薬・先端分野で実務上の脅威となり得ます。

5. 審査・中間処理(FER応答と補正の制限)

FER応答期限|6か月で登録要件を完備

First Examination Report(FER)への応答=登録要件の具備期限は、FER発行日から6か月(+3か月延長可、計9か月)です(Rule 24B)。期限内に拒絶を解消できないとみなし放棄となります。

🔄 日本との違い:日本は拒絶理由通知への応答が通常60日~3か月で、その後も複数回の応答機会があり得ます。インドの「6か月以内に登録要件を完備せよ」というハードな単一期限は日本の中間処理感覚と大きく異なります。

補正の制限(Section 59)

インドの補正は、disclaimer(権利放棄)・correction(訂正)・explanation(釈明)の目的に限られ、かつ補正後クレームが補正前クレームの範囲内に完全に含まれる必要があります。

🔄 日本との違い:日本(17条の2)は「新規事項追加禁止」の範囲内であればクレームの拡張・変更も比較的柔軟です。インドは補正目的の限定+クレーム範囲内という二重の制約があり、日本流の「当初開示の範囲内ならクレームを書き換える」発想が通らない場面が多くあります。PCT明細書段階でのfall-backポジションの作り込みが決定的に重要です。

6. 異議・無効・争訟(IPAB廃止後の体制)

インドは付与前異議+付与後異議の二段階構造を維持しています。日本が付与前異議を廃止したのと対照的です。

観点付与前異議 Section 25(1)付与後異議 Section 25(2)
申立人any person(何人も)person interested(利害関係人)
時期公開後~付与前付与公告から12か月以内
様式representationForm 7
Opposition Boardなし(2024改正でprima facie判断を導入)あり(3名・3か月で勧告)

なおインドには日本の無効審判(123条)に直接対応する行政審判が存在せず、無効はHigh Courtへの取消申立(Section 64)または侵害訴訟の反訴で争います。

IPAB廃止と現在の争訟ルート:2021年のThe Tribunals Reforms Actにより知的財産審判委員会(IPAB)が廃止され、その管轄はHigh Courtへ移管されました。デリー高裁は専門部門「IP Division(IPD)」を新設しています。Controller決定への不服、Section 64取消申立はいずれもHigh Courtで扱われます。

7. 権利の維持(存続期間・年金)

存続期間は出願日から20年(Section 53)。日本と同じですが、日本にある医薬等の存続期間延長制度はインドには基本的にありません。

年金(renewal fee)は3年目分から毎年納付します(日本は設定登録時に1~3年分を一括)。期限徒過後6か月の追納猶予(surcharge付)があり、この点は日本(112条)と類似します。2024年改正で4年分以上を電子モードで前納すると10%減額される割引制度(Rule 80(3))が導入されました。

8. 日本からインドへ出願する際の戦略・コスト・期限管理

現地代理人は必須

外国出願人はインド登録特許代理人(registered patent agent)を選任し、インド国内の送達先住所を指定する必要があります(Section 127-129)。日本の弁理士は直接インド特許庁に手続できず、信頼できる現地代理人との連携が前提です。

出願ルートとコスト感

主流はPCT国内移行ルート(優先日から31か月)です。公的手数料は出願人の区分(大規模事業体 vs 自然人/スタートアップ/小規模)で大きく異なり、日本企業は通常「大規模事業体」区分が適用されます。

項目自然人/スタートアップ/小規模(INR)大規模事業体(INR)
出願料1,6008,000
審査請求(RFE)4,00020,000
早期審査8,00060,000

コストの目安:上記は公的手数料(2024年規則ベース、e-filing前提、変動につき要確認)です。これに加えて現地代理人費用(新規出願の作成・提出で概ねINR 25,000~50,000程度)が必要です。エンティティ区分は外国の事業規模も判定対象となり得るため、安易な小規模区分の主張はリスクがあります。

期限管理で特に注意すべきインド独自の期限

期限内容
審査請求 31か月2024/3/15以降の出願。国内移行と同時提出が必要なことが多い
FER応答 6か月(+3か月)6か月で登録要件を完備
Form 3(Section 8)出願時/6か月以内+FERから3か月以内。漏れは取消事由
Form 27(実施報告)3財政年度に1回。不提出は罰則対象
FFL(Section 39)インド居住者の国外先願に許可必要。違反は刑事罰

日本とインド|特許制度の相違点 早見表

論点インド日本
審査請求期限優先日から31か月(2024改正)出願日から3年
PCT国内移行優先日から31か月優先日から30か月
不特許事由Section 3(d)・3(k)(独自)対応規定なし
外国出願情報開示Form 3(Section 8)義務・取消事由包括的義務なし
実施報告Form 27(3年に1回)義務なし
外国出願許可FFL(Section 39)・刑事罰ありなし
無効の行政審判なし(High Courtのみ)無効審判(123条)
付与前異議あり(何人も)なし
年金開始3年目分から設定登録時に1~3年分一括

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よくある質問(FAQ)

Q. インドのPCT国内移行期限は何か月ですか?

A. 優先日から31か月です(Rule 20(4))。日本(30か月)より1か月長いものの、インドには救済的な遅延移行(late entry)制度が乏しいため、徒過は原則として救済困難です。

Q. インドの審査請求(RFE)期限は?

A. 2024年特許規則改正により、2024年3月15日以降の出願は「優先日または出願日のいずれか早い方」から31か月に短縮されました(従来は48か月)。日本の「出願日から3年」の感覚でスケジューリングすると徒過リスクがあるため要注意です。

Q. Section 3(d)とは何ですか?

A. 既知物質の新規形態(塩・多形・異性体等)は、既知の効能(医薬では治療効果)の有意な向上を立証しない限り特許にならない、というインド独自の不特許規定です。医薬のエバーグリーニング防止が趣旨で、Novartis事件(2013年最高裁)で「efficacy=治療効能」と狭く解釈されました。日本に対応規定はありません。

Q. Form 27(実施報告)とは?提出を怠るとどうなりますか?

A. 特許発明のインド国内での商業的実施状況を報告する義務です(Section 146)。2024年改正で「毎年」から「3財政年度に1回」に緩和されましたが義務は継続しており、不提出は罰則の対象です。日本に同様の定期実施報告義務はありません。

Q. インドで生まれた発明を日本で先に出願してもよいですか?

A. 注意が必要です。インド居住者が関与する発明は、インドで先に出願して6週間経過するか、外国出願許可(Foreign Filing License, Section 39)を取得してからでないと国外出願できません。違反するとインド特許の取消(Section 64(1)(n))に加え、最長2年の禁錮を含む刑事罰(Section 118)のリスクがあります。在インド開発拠点やインド人共同発明者がいる場合は特に重要です。

Q. 日本の弁理士はインド特許庁に直接手続できますか?

A. できません。外国出願人はインドの登録特許代理人(registered patent agent)を選任し、インド国内の送達先住所を指定する必要があります(Section 127-129)。日本の弁理士は信頼できる現地代理人と連携して手続を進めます。

インドの商標・意匠制度については、別記事もご用意しています。あわせてご覧ください。
インドの商標制度概要
インドの意匠制度概要
世界の商標制度ガイド(170か国以上)

参考情報源(一次ソース)