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イギリス特許制度の実務ガイド|UKIPO出願手続・2026年料金改定・AI特許最高裁判決・UPC不参加とEP(UK)を弁理士が徹底解説

イギリス特許制度の実務ガイド|UKIPO出願手続・2026年料金改定・AI特許最高裁判決・UPC不参加とEP(UK)を弁理士が徹底解説

イギリス(UK)で特許を取る方法は3つあります。イギリス知的財産庁(UKIPO)への直接出願、欧州特許庁(EPO)経由の欧州特許の英国部分(EP(UK))、そしてPCT出願からの英国国内移行です。EU離脱後もイギリスは欧州特許条約(EPC)の加盟国であり続けており、「ブレグジットで欧州特許が英国に効かなくなった」という誤解は禁物です。一方で、単一効特許(UP)と統一特許裁判所(UPC)にはイギリスは参加していません

本記事では、1977年特許法(Patents Act 1977)とUKIPOの公式案内に基づき、イギリス特許制度の出願ルート・手続期限・審査の流れ・2026年4月に改定された庁費用・特許後の維持と権利行使までを整理します。あわせて、2026年2月の最高裁判決(Emotional Perception AI事件)によるAI・ソフトウェア特許の審査基準の転換、UPCがイギリス部分の侵害にまで管轄を及ぼす「ロングアーム管轄」といった最新動向も解説します。イギリス市場や欧州の研究開発拠点を持つ企業の知財ご担当者に向けた内容です。

この記事のポイント

  • 根拠法は1977年特許法。所管はUKIPO。イギリスはEPC・PCT加盟国で、EU離脱後も欧州特許でカバーできる。ただしUP/UPCには不参加
  • 出願ルートは①UKIPO直接、②EP(UK)(英語の欧州特許なら翻訳不要・手続不要で自動的に英国特許になる)、③PCT英国国内移行(優先日から31か月)の3つ
  • 期限は「調査請求=出願(優先日)から12か月」「公開=18か月」「審査請求=公開から6か月」「特許査定期限=優先日から4年6か月または最初の審査報告から12か月の遅い方」
  • 2026年4月1日に庁費用が平均25%値上げ。出願£75・調査£200・審査£130、20年分の更新料合計£6,160。それでも主要国では低水準
  • 付与前異議はなく、第三者は情報提供(s.21)のみ。付与後は取消請求(s.72)と、低額・迅速なUKIPO意見サービス(s.74A・£250・約3か月)が使える
  • 2026年2月の最高裁判決でAerotelテストが廃止され、AI・ソフトウェア発明の除外判断はEPO流の「any hardware」アプローチに転換
  • UPCは2025年以降、EU域内に住所を持つ被告に対してEP(UK)の侵害にも差止めを命じている。イギリス不参加でも「UPCと無関係」ではない

目次

  1. イギリス特許制度の全体像——根拠法・UKIPO・EU離脱の影響
  2. 3つの出願ルート——UKIPO直接・EP(UK)・PCT国内移行
  3. 出願要件——言語・送達先住所・優先権
  4. 審査の流れと期限——調査請求12か月・審査請求6か月・4年6か月ルール
  5. 早期権利化の手段——PPH・Green Channel・調査審査同時請求
  6. 特許要件と除外事由——AI・ソフトウェア発明の最高裁判決
  7. 費用——2026年4月改定後の庁費用一覧
  8. 特許後——更新・取消・意見サービス・SPC・パテントボックス
  9. 権利行使——特許裁判所・IPEC・UPCのロングアーム管轄
  10. 最新統計と2026年の動き——出願急増・One IPO新サービス
  11. 日本の特許制度との比較
  12. 実務上の注意点チェックリスト
  13. よくある質問(FAQ)
  14. まとめ

1. イギリス特許制度の全体像——根拠法・UKIPO・EU離脱の影響

イギリスの特許制度の根拠法は1977年特許法(Patents Act 1977)と2007年特許規則(Patents Rules 2007)です。1977年法は欧州特許条約(EPC)に整合させるために制定されたもので、特許要件(新規性・進歩性・産業上の利用可能性)や除外事由(第1条(2))はEPCとほぼ同じ構造になっています。所管官庁はイギリス知的財産庁(UKIPO:Intellectual Property Office)で、本部はウェールズのニューポートにあります。長官(Comptroller-General)は審査・付与だけでなく、取消請求(第72条)や非侵害確認、従業者発明の補償(第40条)などの準司法的な判断も行います。

EU離脱は特許に「ほぼ影響なし」、ただしUP/UPCは不参加

2020年のEU離脱(ブレグジット)は、商標・意匠には大きな影響(EU商標・EU意匠の英国分離)を与えましたが、特許への影響は限定的でした。EPOはEUの機関ではないため、イギリスは離脱後もEPC加盟国のままで、欧州特許で英国をカバーできます。パリ条約・PCTの加盟にも変わりはありません。

一方、イギリス政府は2020年2月に単一効特許(UP)と統一特許裁判所(UPC)への不参加を表明しました。UPC協定はEU法の適用とEU司法裁判所の監督を前提とするため、離脱の趣旨と相容れないというのが理由です。したがって、2023年6月に始動した単一効特許の効力はイギリスに及ばず、イギリスでの権利化はUKIPO直接出願かEP(UK)の従来型有効化によることになります。欧州特許・UPCの仕組み自体は「欧州特許制度の実務ガイド|EPC・EPO・UPCを弁理士が徹底解説」で詳しく解説しています。

適用される主な国際枠組み

パリ条約(優先権12か月)/PCT(英国国内移行31か月)/EPC(EP(UK))/TRIPS/特許法条約(PLT)。単一効特許・UPCは対象外。日本との間ではグローバルPPH(GPPH)による審査促進が利用できます。

2. 3つの出願ルート——UKIPO直接・EP(UK)・PCT国内移行

ルート 概要 向いているケース
①UKIPO直接出願日本出願からパリ優先権(12か月)を主張してUKIPOに出願。英語で出願し、UKIPOが調査・審査欧州で守りたい国がイギリスだけ、または英・独など2〜3か国。庁費用が安く、審査が比較的速い
②EP(UK)EPOに出願し、付与後に英国を指定国として維持。英語の欧州特許は翻訳も有効化手続も不要で、付与と同時に自動的に英国特許として登録される(ロンドン協定)欧州の複数国(4か国以上が目安)で保護したい場合。1回の審査で多国をカバー
③PCT英国国内移行PCT出願を優先日から31か月以内にUKIPOへ国内移行(2か月の割増付き猶予あり)。英語以外で公開された場合は英訳が必要出願国の決定を先送りしたい場合。国際調査で好意的な見解が出ていればPCT(UK) Fast Trackで加速可

実務上の目安として、欧州で保護したい国が少数ならUKIPO直接出願、多数ならEP(UK)が経済的です。EP(UK)は付与後の更新料をUKIPOに直接納付する点、そして付与後の英国側の送達先住所(後述)を用意しておく点に注意が必要です。PCTルートの全体像は「国際特許出願(PCT)の実務ガイド」をご覧ください。

3. 出願要件——言語・送達先住所・優先権

言語は英語、委任状は原則不要

UKIPOへの出願書類は英語(またはウェールズ語)で作成します。日本語で出願日を確保することも可能ですが、所定期間内に英訳を提出しなければ出願は失効します。代理人の選任に委任状(Power of Attorney)は原則として求められず、公証やアポスティーユも不要です。日本企業にとってはこの点が非常に軽く、書類準備の負担は主要国の中でも最小級です。

送達先住所はUK・ジブラルタル・チャネル諸島・マン島に限定

代理人の選任自体は法律上の義務ではありませんが、2021年1月1日以降に出願する場合、イギリス・ジブラルタル・チャネル諸島(およびマン島)内の送達先住所を届け出なければ、UKIPOは出願を審査しません。EU離脱前は欧州経済領域(EEA)内の住所で足りましたが、現在はEEAの住所は受け付けられません。UKIPOに対する取消請求などの争訟手続を開始する場合も同様です。実務上は、イギリスの特許弁理士(Chartered Patent Attorney)を送達先とするのが標準的な運用です。EP(UK)についても、付与後にUKIPOで手続をする際には英国側の送達先が必要になります。

優先権・出願日の確保

日本出願から12か月以内であればパリ条約の優先権を主張できます。優先権証明書は、日本特許庁とUKIPOがWIPOのデジタルアクセスサービス(DAS)で接続されているため、アクセスコードを提示すれば紙の証明書は不要です。出願日の確保には、出願人の特定と「発明の説明」があれば足り、クレーム・要約・調査請求は出願(優先日)から12か月以内に補完できます。この「まず出願日を押さえて、後から仕上げる」柔軟さもイギリス制度の特徴です。

4. 審査の流れと期限——調査請求12か月・審査請求6か月・4年6か月ルール

イギリスの審査手続は「調査(search)」と「実体審査(examination)」が分かれており、それぞれ請求と手数料が必要です。日本の「出願から3年以内の審査請求」とは期限の切り方が違うため、下の表で流れを押さえてください。

段階 期限・内容 根拠
①出願出願日確保。One IPO特許サービス(2026年4月開始)のオンライン口座から提出s.14–15
②方式審査(予備審査)書類・手数料・送達先住所の確認s.15A
③調査請求優先日(なければ出願日)から12か月以内にクレーム・要約とともに請求。約6か月で調査報告(先行技術と「特許性に関する見解」)が届くs.17
④出願公開優先日から18か月で公開。公開後は補償金請求権が発生(付与後に遡って請求可)s.16
⑤実体審査請求公開から6か月以内に請求(調査と同時請求も可)。審査官が新規性・進歩性・記載要件などを審査し、審査報告(examination report)を発行。応答は通常4か月s.18
⑥特許査定期限(compliance period)優先日から4年6か月、または最初の審査報告の発送から12か月の遅い方まで。この期限までに特許可能な状態に整えなければ出願は拒絶されたものとみなされる。2か月ずつの延長が可能(1回目は当然、2回目以降は裁量)s.20・r.30
⑦付与・公告付与通知後、特許証を発行し公報に掲載。付与前異議申立制度はないs.24

通常のペースでは出願から付与まで2〜4年が目安です。UKIPOは調査・審査を出願と同時に請求すれば付与を大きく前倒しでき、加速請求を組み合わせれば18か月程度での付与も可能とされています。ただし、2026年4月の新システム(One IPO特許サービス)への移行期には処理の遅れが生じるとUKIPO自身が2026〜27年度計画で認めており、しばらくは審査待ち期間の変動に注意が必要です。

注意:「4年6か月ルール」は日本にない概念です。審査が長引いて期限が迫ると、分割出願で仕切り直すか、延長請求を重ねるかの判断を迫られます。特に日本で拒絶理由が複数回出ている案件をイギリスに持ち込む場合は、最初から「期限内にまとめ切れるクレーム」を設計しておくことが重要です。

5. 早期権利化の手段——PPH・Green Channel・調査審査同時請求

  • 調査・審査の同時請求(Combined Search and Examination):出願時に両方を請求すると、調査報告と最初の審査報告が一括で届き、公開前に審査が進む。追加費用なし
  • 加速請求(Accelerated search / examination):侵害の疑いや投資家への説明など「正当な理由」を書面で示せば、UKIPOは調査・審査・公開を前倒しする。無料
  • Green Channel:発明に環境上の利益があると合理的に主張できれば、理由の詳細な立証なしで加速が認められる。2009年導入・無料。省エネ・リサイクル・EV関連など幅広い技術が対象になる
  • PPH/グローバルPPH(GPPH):日本特許庁で特許可能と判断されたクレームに対応させれば、UKIPOで審査を早めてもらえる。無料。逆に、UKIPOで先に付与を得て日本や米国のPPHに使う「UK先行」戦略も可能
  • PCT(UK) Fast Track:国際調査機関の見解書や国際予備審査報告で特許性が肯定されたクレームで国内移行すれば加速される。無料

ポイント:イギリスの加速手段はいずれも無料で、UKIPOは加速に寛容です。日本で早期審査を通した案件なら、GPPHでイギリスも早く取り、そのUK特許をパテントボックス(後述)や他国のPPHに活用する、という組み立てが費用対効果に優れます。

6. 特許要件と除外事由——AI・ソフトウェア発明の最高裁判決

特許要件は新規性・進歩性・産業上の利用可能性で、EPCと同じく絶対新規性(世界公知)です。第1条(2)は、発見・科学理論・数学的方法、美的創作、精神的活動・ゲーム・ビジネスの方法、コンピュータプログラム、情報の提示を「それ自体(as such)」は発明でないと定めています。この「as such」の解釈が、AI・ソフトウェア発明の命運を分けてきました。

Emotional Perception AI事件(2026年2月・最高裁)——Aerotelテストの廃止

イギリスは長年、2006年のAerotel判決に基づく4段階テスト(クレーム解釈→実際の貢献の特定→除外事由に該当するか→技術的性質があるか)で除外事由を判断してきました。EPOの「ハードウェアを伴えば発明性の入口は通し、技術的貢献は進歩性で評価する」アプローチとは異なり、イギリスでは入口で拒絶されるソフトウェア出願が多く、日欧で結論が食い違う原因になっていました。

2026年2月11日、イギリス最高裁は、人工ニューラルネットワーク(ANN)で楽曲を推薦するシステムの特許性が争われたEmotional Perception AI事件で、①ANNはソフトウェアで実装されていてもハードウェアで実装されていても「コンピュータプログラム」に当たる、②しかしAerotelテストは発明該当性と新規性・進歩性の判断を混同しており採用しない、③EPOの「any hardware」アプローチに沿って、物理的なハードウェアを伴うクレームは技術的性質を持ち「as such」の除外を免れる、と判示しました。事件はUKIPOに差し戻され、新規性・進歩性の観点で改めて審査されます。

日本企業への実務的な意味

除外事由の入口で拒絶されるリスクが下がり、UKIPOの審査実務はEPOに近づきます。AI・ソフトウェア発明では、日本・EPO向けに用意した「技術的課題と技術的効果」を明確にした明細書がそのままイギリスでも通用しやすくなりました。一方で、技術的貢献の評価は進歩性の段階に移るため、「単なるビジネス上の工夫をコンピュータで実装しただけ」の発明は依然として特許になりません。AI関連の各国の審査事例は「AIエージェントは特許になる?日本・米国・欧州の特許事例と審査実務」で紹介しています。

7. 費用——2026年4月改定後の庁費用一覧

UKIPOは2026年4月1日、特許・商標・意匠の庁費用を平均25%引き上げました。特許料金の改定は2018年以来です。改定後の主な庁費用(オンライン手続)は次のとおりです。円換算は1ポンド≒200円前後(2026年9月時点の目安・為替は変動します)で示しています。

手続 改定前 2026年4月1日〜 円換算の目安
出願料£60£75約1.5万円
調査請求料£150£200約4万円
実体審査請求料£100£130約2.6万円
超過クレーム料(26項目以降・1項ごと)£20£27約5,400円
超過ページ料(36ページ以降・1ページごと)£10£13約2,600円
PCT国内移行料/国内移行時の調査料£30/£120£40/£160約8,000円/約3.2万円
更新料(5年目)£70£90約1.8万円
更新料(20年目)£610£810約16.2万円
更新料 20年分合計£4,640£6,160約123万円
更新料の遅延割増(1か月ごと・最大6か月)£24£32約6,400円
意見サービス(s.74A)請求料£200£250約5万円

出願・調査・審査の基本3点セットは合計£405(約8万円)で、日本(出願14,000円+審査請求138,000円+請求項加算)や米国・EPOと比べても明らかに安価です。実際のコストを左右するのは英国代理人の手数料と英訳費用で、UKIPO直接出願の場合、付与までの総額は1件あたり80〜150万円程度を見込むのが一般的です。EP(UK)は英語の欧州特許であれば有効化費用が実質ゼロで、更新料の負担だけで維持できます。

8. 特許後——更新・取消・意見サービス・SPC・パテントボックス

存続期間20年、更新料は5年目から

存続期間は出願日から20年です。更新料は出願日から4周年(5年目)以降、毎年納付します。納付期日は出願月の末日で、期日の3か月前から期日後1か月までが通常納付期間、その後6か月の猶予期間は月£32の割増で納付できます。それも徒過した場合、さらに13か月以内なら「回復(restoration)」を申請できますが、不納付が意図的でなかったことの疎明が必要です。EP(UK)の更新料もEPOではなくUKIPOに直接納めるため、EPOからの通知と英国側の期限管理を分けて運用する必要があります。

付与前異議はなく、付与後は取消請求と「意見サービス」

イギリスには日本の特許異議申立やEPOの異議申立のような付与前・付与直後の異議制度がありません。第三者ができるのは、公開後・付与前の情報提供(第21条)と、付与後の取消請求(第72条)です。取消請求はUKIPO(長官)にも裁判所にも申し立てられ、いつでも・誰でも請求できます。

イギリス特有の制度がUKIPO意見サービス(第74A条)です。誰でも£250で、特定の特許の有効性(新規性・進歩性・記載要件)や侵害の成否について、UKIPO審査官の非拘束的な意見を通常3か月以内に得られます。訴訟前の見通し確認、ライセンス交渉の材料、警告状への反論根拠として使われ、有効性を否定する意見が出た場合にはUKIPOが職権で取消手続を開始することもあります。低コストで第三者の目を入れられる点で、日本企業にも使いやすい制度です。

SPCとパテントボックス

医薬・農薬については、EU離脱後もEU規則を国内法化した補充的保護証明書(SPC)制度が維持されており、最長5年(小児用医薬は+6か月)の延長が可能です。また、税制面ではパテントボックス(Patent Box)があり、UKIPOまたはEPOが付与した特許(一部のEEA諸国の特許も対象)から得た利益に対する法人税率が実効10%に軽減されます。イギリスで法人税を納める子会社が特許を保有またはライセンスを受け、開発に関与していることが条件で、イギリスに研究開発・製造拠点を持つ日本企業にとってはUK特許取得の重要な動機になります。

9. 権利行使——特許裁判所・IPEC・UPCのロングアーム管轄

2つの第一審——Patents CourtとIPEC

特許侵害訴訟の第一審は、高等法院の特許裁判所(Patents Court)と、中小規模事件向けの知的財産企業裁判所(IPEC)の2つです。IPECは請求額50万ポンド以下の事件を扱い、相手方から回収できる訴訟費用の上限が責任審理で6万ポンド、損害額審理で3万ポンドに制限されています。審理は1〜2日で終わる集中型で、中小企業や外国企業が「負けても費用が読める」形で権利行使できる仕組みです。1万ポンド以下の少額事件には小額請求トラックもあります。控訴は控訴院(Court of Appeal)、さらに最高裁(Supreme Court)へと進みます。イギリスの裁判所は特許の有効性判断が厳格で、欧州の中でも「取消されやすい」法域として知られる一方、判決の理由付けが詳細で、他国の訴訟にも影響力を持ちます。

UPCの「ロングアーム管轄」——不参加でも無関係ではない

2025年2月のEU司法裁判所BSH v Electrolux判決は、EU加盟国の裁判所が、被告の住所地を根拠に、EU域外国(イギリスを含む)の特許の侵害についても判断できると認めました。これを受けてUPCは、2025年1月のFujifilm v Kodak(デュッセルドルフ地方部)でEP(UK)の侵害に管轄を認め、2025年8月にはマンハイム地方部がイギリス部分を対象とするUPC初の差止命令を出しました。条件は、被告がUPC参加国に住所を持つこと、そしてイギリスで並行する取消訴訟が係属していないことなどです。

重要:ドイツやフランスに拠点を持つ企業がEP(UK)を侵害していると疑われる場合、権利者はイギリスの裁判所に行かなくてもUPCで英国分の差止めを得られる可能性があります。逆に、被告側はイギリスで早期に取消訴訟を起こすことでUPCの手を止められる、という攻防が生まれています。「イギリスはUPC不参加だから関係ない」という整理は、2025年以降は通用しません。

10. 最新統計と2026年の動き——出願急増・One IPO新サービス

UKIPO特許統計(暦年) 2023年 2024年 2025年
出願件数19,96418,95622,701(+19.8%・2015年以降で最多)
うち英国内出願人15,460(68%・+39.4%)
うち海外出願人7,241(−7.9%)
公開件数11,70111,06811,154
付与件数8,3778,2285,522(−32.9%・2015年以降で最少)

2025年は英国内からの出願が急増して出願件数が10年ぶりの高水準になった一方、付与件数は3割以上減りました。UKIPOは2026年4月1日に新しい特許オンラインサービス「One IPO」を稼働させ、認証済みの利用者アカウントから出願・管理・更新を一元的に行える体制に移行しましたが、旧システムからの移行に伴う処理の遅れを2026〜27年度の計画で明示しています。海外出願人の出願は減少傾向にあり、日本企業がイギリスで権利を取る場合は、EP(UK)との使い分けと加速手段の活用が、審査遅延への現実的な対策になります。

11. 日本の特許制度との比較

項目 イギリス 日本
根拠法・所管1977年特許法・UKIPO特許法(昭和34年法)・特許庁
出願言語英語(日本語出願後に英訳補完可)日本語(外国語書面出願可)
委任状・送達先委任状不要。UK・ジブラルタル・チャネル諸島・マン島の送達先住所が必須在外者は特許管理人(弁理士)が必要。委任状は公証不要
調査と審査別立て(調査請求12か月/審査請求は公開から6か月)審査請求のみ(出願から3年)
特許査定期限優先日から4年6か月(または最初の審査報告から12か月)なし
付与までの目安2〜4年(加速で18か月程度)審査請求から約14〜15か月(早期審査で数か月)
付与前の第三者手続情報提供(s.21)のみ。異議申立なし情報提供+付与後6か月の特許異議申立
付与後の無効化取消請求(UKIPOまたは裁判所)+意見サービス(£250・約3か月)無効審判(特許庁)
ソフトウェア発明2026年最高裁でEPO流「any hardware」に転換「自然法則を利用した技術的思想」+ソフトウェア審査基準
存続期間・年金出願から20年。更新料は5年目から(£90〜£810)出願から20年。特許料は1年目から(設定時に3年分)
基本庁費用(出願+調査+審査)£405(約8万円)152,000円+請求項×4,000円
広域制度EPC加盟(EP(UK)は翻訳不要)。UP/UPC不参加—(PCTのみ)
税制優遇パテントボックス(法人税実効10%)イノベーションボックス税制(2025年4月〜・所得の30%控除)

12. 実務上の注意点チェックリスト

  • ルート選択を最初に決める。イギリスだけ、または2〜3か国ならUKIPO直接出願。欧州4か国以上ならEP(UK)。英語の欧州特許は英国で翻訳・有効化手続が不要
  • 送達先住所(UK・ジブラルタル・チャネル諸島・マン島)を確保する。EEA住所は不可。EP(UK)の付与後手続でも必要
  • 調査請求12か月・審査請求6か月の2段構えの期限を台帳に載せる。日本の「3年」の感覚で管理しない
  • 4年6か月の特許査定期限を意識してクレームを設計する。拒絶理由が続きそうなら早めに分割出願を検討
  • 加速手段は無料。日本で特許になっていればGPPH、環境関連ならGreen Channel、急ぐ理由があれば加速請求
  • AI・ソフトウェア発明は、2026年最高裁判決を踏まえ、技術的課題・効果を明細書で明確に。入口は緩くなったが進歩性で問われる
  • 更新料はUKIPOへ直接納付。EP(UK)もEPOではなくUKIPO。5年目から、猶予6か月(月£32割増)
  • 異議申立がないため、競合特許は意見サービス(£250)で有効性の見通しを取り、必要なら取消請求へ
  • UPCのロングアーム管轄に注意。EU域内に拠点を持つ企業は、EP(UK)についてもUPCで差し止められ得る。被告側はイギリスでの早期取消訴訟が対抗手段
  • イギリスに拠点があるならパテントボックス。UK特許・EP特許の利益に法人税10%。出願段階から税務部門と連携する

13. よくある質問(FAQ)

Q1. EU離脱後、欧州特許(EPO出願)でイギリスをカバーできますか?

できます。EPOはEUの機関ではなく、イギリスは欧州特許条約の加盟国のままです。英語の欧州特許は付与と同時に自動的に英国特許となり、翻訳も有効化手続も不要です。ただし単一効特許はイギリスに及びません。

Q2. イギリス特許の審査請求の期限はいつですか?

調査請求は優先日(なければ出願日)から12か月以内、実体審査請求は出願公開から6か月以内です。両方を出願時に同時請求することもでき、その場合は審査が公開前から進みます。

Q3. イギリスで特許を取る庁費用はいくらですか?

2026年4月1日改定後の基本費用は、出願料£75・調査請求料£200・実体審査請求料£130の合計£405(約8万円)です。更新料は5年目の£90から20年目の£810まで段階的に上がり、20年分の合計は£6,160です。代理人費用と翻訳費は別途かかります。

Q4. 「4年6か月ルール」とは何ですか?

優先日から4年6か月(または最初の審査報告の発送から12か月の遅い方)までに特許可能な状態に整えなければ、出願は拒絶されたものとみなされる期限です。2か月単位の延長は可能ですが無制限ではないため、審査が長引く案件では分割出願も含めた計画が必要です。

Q5. AIやソフトウェアの発明はイギリスで特許になりますか?

なり得ます。2026年2月の最高裁判決(Emotional Perception AI事件)で、従来のAerotelテストが廃止され、EPOと同じ「ハードウェアを伴えば入口で除外しない」アプローチに転換しました。ただし技術的な貢献は進歩性の段階で審査されるため、技術的課題と効果を明細書で明確にすることが引き続き重要です。

Q6. イギリスはUPCに参加していないので、UPCの判決とは無関係ですか?

無関係ではありません。2025年のEU司法裁判所BSH v Electrolux判決以降、UPCはUPC参加国に住所を持つ被告に対して、欧州特許のイギリス部分の侵害についても判断し、差止めを命じています。EU域内に拠点を持つ企業は、イギリス特許についてもUPCで訴えられる可能性があります。

14. まとめ

イギリスの特許制度は、①委任状不要・庁費用が安い・加速手段が無料という「入口の軽さ」、②調査請求12か月・審査請求6か月・4年6か月という「独特の期限」、③異議申立がない代わりの取消請求と意見サービス、④2026年最高裁判決によるAI・ソフトウェア審査のEPO接近、⑤UP/UPC不参加でありながらUPCのロングアーム管轄が及ぶ、という5点で特徴づけられます。欧州の保護国数に応じてUKIPO直接出願とEP(UK)を使い分け、英国側の送達先と期限管理を整え、AI発明では技術的効果を明確に書く——この3点を押さえれば、イギリスは日本企業にとって費用対効果の高い権利化先です。

知財事務所エボリクスへのご相談

知的財産事務所エボリクス(evorix.jp)では、イギリス・欧州(EPO)・ドイツなど欧州各国への特許出願を、ルート選択・PPHの活用・現地代理人との連携・更新期限の管理までワンストップで承っております。AI・ソフトウェア発明の欧州出願戦略もご相談ください。まずはお問い合わせフォームよりお気軽にどうぞ。

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出典・参考資料

※本記事は1977年特許法、UKIPO(GOV.UK)の公式案内・統計・2026〜27年度計画、最高裁判決、現地法律事務所の公開資料を基に、2026年9月時点の情報で一般的な情報提供を目的として作成しています。庁費用・為替・審査期間は変動します。個別案件の具体的判断には、専門家へのご相談を推奨します。

杉浦健文 弁理士

AUTHOR / 執筆者

杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)

知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士

特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。